平場主義 続き2024/02/15 10:51

私の関わっているある団体で、分派行動が起こっている。

高齢者二人を排除した場で、悪口大会。その毒気に私はもう辟易している。
この二人を排除すれば、快適な場がつくられるという錯覚に陥っているようなのだが、私の目からは、この二人に限りなく似ている人たちなのだ。
同じタイプの人たちが、同じタイプの人たちの悪口を言い、非難し、諸悪の根源のように扱っている。
そして、二人を排除して、さらに、悪口に加担しない人も排除して、話し合いの場を持ちましょうと提案されて、私はお断りした。
団体の運営の方法について話し合うなら、全員で話し合うのが当たり前のように思えるので、もっと悪口大会をやりたいのか、と邪推してしまう。逃げ腰にならざるを得ない。

自分たちが正しいと思っているから、当然、私も自分たちと同じ考えだと想像しているのか。
私は全く、異質の感想を持っているので、同調できないのだが、多分、自分を振り返るということをしない人たちだから、正しい自分たちに同調しない私は、またくそみそに言われるのだろう。
まきこまれたくない。

昨日のブログに続いて、平場主義の問題性のことだ。

ITに弱いって、、、2024/02/15 20:06

私の世代は、びっくりするくらい、ITに弱い人が多い。

で、いろいろな相談に乗ってきた。
私の認識では、どの人も賢い人ばかりだから、やったらできるのに、
どうして、やろうとしないのだろう、ということだった。

その背景にあるのは、
私だってできるのだから、あの人ができないはずがない、
という思い込みだった。

そして、それが、思いもかけない覆り方をした。
先日、ITで仕事をしている友人に言われた。
その認識は間違っている、と。
あなたは、かなり、興味を持っている人で、それは興味のない人に比べて、質が違うのだ、と。
アナログ時代のスキルに長けた人は、それを捨てられない。
しかし、デジタルのスキルは、全く考え方から違うのだから、一旦、その古いスキルや考え方を捨てなければ学べない、のだと。
「優秀な人」というのは、できない理由かも、と。

あ、そうか、と納得した。
優秀な彼女たちは、アナログ時代の知識やスキルに優れていて、成功した人たちだ。
成功したツールは、捨てられないものだ。
この成功の蓄積の上に、次への発展があると、通常、考えがちだからだ。
しかし、デジタル時代の価値観やスキルは、それらを一度、捨てないと、脳に根付かない。
友人はそいういう表現はしなかったが、
なるほど!と膝を打った。
彼女たちは、優秀だ。
だから、ITができないのだ。

私は、いつも過去を捨てている。
捨てないと、生きていられなかったから。
中には、自分の業績っぽいものまで、平気で捨てて来たから、
必要な時にない、という不具合がたくさんあって、
自分のことを困った奴だと思って来たし、
実際、困った奴なのだけれど、
ITという新しいステージでは、このやけっぱち感がよかったようだ。
おかげさまで。

そう言えば、私のまわりのITに弱い人たち、
ほんとうに優秀な現役時代を送ってきて、
今でも過去の業績を誇りに思っているような人もいて、
もう、そのアナログのステージでしか、生きないのかもしれない。
言われてみれば、そうだな~と、面白い現象だ。