アゴダその後2025/11/03 13:47

結局、あの純朴そうなたどたどしい日本語で、確約されたアゴダからの回答のメールはなかった。

カード会社が時々、
海外の企業からの引き落としを拒否することがあるらしく
(確かに過去にもあった)
結局、今回も引き落としができなかったわけで、
それゆえの不具合だったのだけど、
やはり、中間に入り込む旅行会社を頼るより、
直接、ホテルのサイトから予約する方が確かかも。
今まではずっとそうしていたのだけど、今回、アゴダになってしまった。

ホテルのサイトでは、満室でもう予約できなかったからだ。
こうした中間業者が買い占めるのだろう。
ほんとに、嫌な気分になる。

ホテル予約のその問題はさておき、
行った先は、とても楽しくて最高の気分になれたけど。

アゴダ サポートセンター2025/10/30 11:03

一応、わかりにくいけど、ちょこちょこサイトに載っているアゴダのサポートセンターに電話した。
東京03の電話番号なので、
待たされるとそれだけ電話料金がかかるのだが、
怒っているので、それよりもオペレーターとしゃべりたい。
「詐欺だ!」と言いたい。

案外、早くに電話が通じた。
ん? 
どこの国の人?
一応、日本語を希望する、という選択肢を選んだ後だけど、、、。
たどたどしい日本語。
二言、三言、話してから、
「日本語、大丈夫ですか?」と聞いたら、
私の言うことは全部理解できている、とのこと。

それで、説明をした。
確かに,話の理解は早かった。しっかり、対応していた。
それで、クレジットカードの引き落としができなかったので、
三回、日時も明確に、メールを送っている、と回答してきた。
クレジットカードの引き落としができない、という意味がわからない。
メールを受信した記録が,私の方にない。
そういうことも言うと、
技術セクションに確認して、もし、何らかのアゴダ側の事情で、
メールが未送信なら、
こちらが責任を持って、値上がりした差額を補償する、とのこと。

それは誠意の見える対応だ。
流暢ではない日本語が、余計、誠実さを感じさせる。
(って、、それは誠実さの証ではないのだが、、、。)

とにかく、今朝までアゴダからのメールを待ってみることにした。

ChatGPTにこの経緯を相談したら、
アゴダはシンガポールに拠点を置く会社で、
日本のクレジットカード会社は、海外からの引き落としを、不正利用として拒絶する可能性がある、と説明した。

確かに、以前、他のカード会社でそういうことがあって、
海外に拠点を置く会社の決済が、いくら試みてもできないことがあった。

う~ん、それはあり得るなぁ。
では、メールの未受信は?
最近、詐欺メールがやたら多いので、削除することが多い。
迷惑メールにする場合もある。
が、それらのフォルダにも、アゴダからのメールは残っていない。
う~ん、何なんだ?


とにかく、一人二万円以上も宿泊費を払うなんて、
安い価格を知っているだけに、納得いかんのだ。

アゴダ 悪質商法2025/10/29 17:54

あんまり、実名で悪口は言いたくない。(政治家は別として、、、)
でも、今日は言う。

アゴダのサイトからホテルを予約した。
ツインで、29、394円。

そして、VISAを登録してあるので、
「26日になったら、お客様のクレジットカードに自動的に課金されます」、とのこと。

だから、自動的に引き落とされるのだと思っていたら、
今日、確認したら、
「27日にキャンセルされました。」だと。
何で?
びっくり。

私はキャンセルしていない。
用事があるから、行くのだ。
なんで?
泊まるところがないのは困るので、途方に暮れたが、
予約を再度、確認すると、「再予約」へと導かれた。
キャンセルしていないが、勝手にキャンセル扱いされていたルームに、再予約できるらしい。
なんで? と思いながら、再予約をした。
そして、もう一度、前回と同様の予約確認のメールが送られてきた。
そして、またびっくり!
金額が41、500円に跳ね上がっている。

29、394円だったのが、41、500円!

え? このために一旦,勝手にキャンセルして、
再予約させたのか。

宿泊料金が安いから予約したのに、
これでは詐欺だ。
犯罪ではないか。

ネットを見ると、アゴダについて、「勝手にキャンセルされた」という書き込みが多い。
おかしいでしょう。
宿泊日が近づき、もう、他にホテルを探すのが大変になってから、
急にキャンセル扱いしてしまい、再予約をさせて跳ね上がった金額を払わせるって、もう、どう考えても詐欺でしょう。

明日、消費者ホットラインに電話をするけれども、
これ、犯罪じゃないの?
消費者センターではなくて、警察の方がいい?

教会のミサ2025/01/03 11:52


昨年、そろそろダウンコートを着る季節になった頃、
わけあって、佐世保にいた。

宿泊しているホテルの近くに荘厳な目立つ外観の教会があって、
有名な観光スポットになっているらしい。
で、行ってみたら、受付の人に、
「ミサをやっているので終わりまで待ってください」と言われた。
ガラス越しに見ることはできるというので、見せてもらうことにした。
入り口の前で寒いのでコートを着たまま、靴だけを脱いで、
受付の人の後ろで中を見ていた。
司祭の声は、スピーカーで、外まで聞こえるようになっている。
で、聞いていた。
イエス・キリストの受難の話など、知らないわけではない話題が織り込まれて、話をされている。
司祭さんというのは、イケボであるのも適性の一つかなと思いながら、
話に聞き入っていた。
で、そのうち動けなくなってしまった。
わけがわからないが、涙がこみ上げてきた。
涙ボロボロになってしまった。

キリストの受難に遭遇した、救われたかった多くの人たちが、
無力なまま、祈る以外に道はなかったろうと思った。
今もそうなのだ。
多くの困難は自分で打開できない。
打開する力が自分にはない。
祈る以外に、念じる以外に、
力を持たない者は何をできるのか。

生きながらえるなら、祈るだけだ。

そんなことをぼんやり考えていて、涙ボロボロになってしまった。
いや、もっと様々なことが心に去来したはずだが、
そのときは、浮世を離れた心地になってしまった。
非日常の気分が訪れることがたまにあるが、そういう経験だ。

観光客だから早々に立ち去るだろうと思われていたのかもしれない。
受付の女性が、
「長くいてくださってありがとうございます」と言って、中に誘ってくれた。
何という儀式かわからないが、
司祭さんの前に行くと、何かを振りかけてくれて、祈りの言葉をかけてくれた。

私を揺さぶったのは、たぶん、キリストに助けを求めた人々と、今も変わらぬ苦悩の絆だ。
私たちは苦悩でつながっている。
そこに絆がある。
それに心を揺さぶられていたのかもしれない。
信じられるものは、悲しみや苦しみの感情だけ、だと。

非日常の経験をして、
ミサの後、事務連絡が始まったので、
それは、私の見知っている団体の集会の後と同じなので、
受付の人にお礼を言って、教会を後にした。

過去の出来事ばっかり、、、2022/06/08 17:42

もう、思い出ばっかりになると思う。
今後は、そんなに書きたい出来事を経験すると思えないので、
振り返りのブログになりそう・・・

で、思い出したこと。

もう20年くらい前のことだ。
一人で、メルボルンの学会に行った。

で、向こう見ずなのか、ただのアホなのか、
自分でも呆れるのだが、
まず、メルボルン空港に降り立ったとたんに、目の前に自分が泊まる予定のホテルが建ってると思い込んでいたお目出たさ。
んなもん、あるわけない。
ずっと後で、このことを息子に言ったら、
「関空でも伊丹でも、大阪市内まで電車とかバスに乗るやん?」と言われて、なるほど、と思った。
「メルボルンは、小さな都市だから、どこでも歩ける」という観光ガイドか何かを鵜呑みにしたのだった。
で、困り果てて、空港の観光ガイドカウンターに駆け込み、
ホテルの名前を言っても、知られていないとわかり、呆然。
住所は? と聞かれて、
日本を離れる少し前に、何かの書類に書いたので、住所は辛うじて覚えていたので、伝えることができた。
で、住所を言ったら、
「あのバスに乗りなさい。あなたの行きたい通りを通るから」と指示された方向を見ると、一台の小型のバスが止まっていたので、
それに乗るべく近づいたら、外にいた運転手に、
前払いだと言われた。
日本の空港でチェンジしたトラベラーズチェックを出したら、
トラベラーズチェックは扱っていないと言う。
「え、そんなの聞いてない」と言いたいところだけど、どうしようもない。現金は持っていなかったので、VISAで払うことにした。
で、彼が、用紙を取り出して、私の住所を聞くので、
アルファベットで住所を伝えようとするが、
そこは、オーストラリア。
発音が通じない。
「A」の文字すら伝えられない。「A」は、「エイ」じゃないんだよね。
でも、「ア」も通じなかった。
何度もやり取りしたが、彼はもう、お手上げ、という感じで、
「もう、ええわ、乗って」と言った。(オーストラリア英語で(笑))。

車中で、メモ用紙を出して、自分の住所、名前、電話番号を書いて、
「あんたの泊まるホテルは、あそこやで」と運転手がバスを停めて、
指さしたので、
私は降りるときに、
「これが要ったんでしょ」と、住所を書いたメモを渡したら、
彼は初めて喜んで、
「おー、ビューティフル!」と言った。

日本人は、筆記はうまいのだ。
発音はヘタだけど。

で、何とか、無事にホテルについて、
まあ、いろいろあったのだけど、
ある日、どうしても行きたかった動物園に行くことにした。
(学会はどうした、という感じだが、なにしろ、しばらくは物見遊山に余念がなかった。)
で、またもや、徒歩で行けると信じて、ずっと歩いて行った。
行けども行けども、たどり着かない。
そもそも、地図に出ていたすぐ近くのはずのランドマークすらない。

やけに広い道路を歩き続けていたら、向こうから人が来たので、
この際、人種も性別も関係ない、と、縋りつくように尋ねた。
「メルボルン・ズーはここからどう行けばいいですが? 歩いて行くの」と言ったら、
相手は、超びっくり。
「歩いて? 歩いてはいけないよ」と、言って、
割に近くに見つかったトラムカーを指さして、
「あれに乗ったら行けるよ」と教えてくれた。

で、お礼を言って、トラムカーに乗って、無事に動物園に行ったのだが、
オーストラリアは広いんだ、というのが実感だ。
メルボルン・ズーでは、孔雀が、日本の鳩のようにそのへんにいて、屋根とかにも何羽もとまっていて、
誰かが食べ物を投げると群がってつついていて、
「孔雀のプライドはないんかい」と、心の中で突っ込んだりしていた。
初めて見るウォンバットなんかに魅入られて見た記憶が残っている。

それにしても、私って、無謀なのか、ただのアホなのか、、、。

この調子で出かけまくり、
学会の直前に焦って準備をして、ミッションは何とか果たして、
そのあとは、仕事の待っている日本にばたばたと帰って来た。
帰国した時、やけに日焼けしていた(笑)

向こうでは、やたらベトナム人だと思われたが、
実際、ベトナムから働きに来ている人が多かったようだ。
一度、学会で知り合った、東大に留学しているという現地の人と知り合って、
夜の食事会に誘ってもらって出かけたが、
降りた駅はものすごく鄙びた田舎の無人駅だった。
すると、同じトラムカーから降りた東洋人がいて、
「ベトナミー?」と声をかけてきて、
何かわからない言語をしゃべった。
ものすごく不安げで、心細そうに立っていて、縋るように私を見ていた。
「いえ、日本人だけど、英語は話せますか?」と尋ねたら、
もういい、と言うように、手を横に振って、恐れるように遠ざかって行った。

ものすごく気になったが、私も先を急いでいたので、そのままになった。

こんな、日本では経験しないことをたくさん経験したが、怖い目には合わなかった。
トラムカーでは、購入したチケットを車内の機械でvalidateしないと使えないのだが、
どう見てもこっちの人だろうと思える金髪青い目の女性に、
「このチケットどうして使うの?」と聞かれた。
機械の操作を説明して、わかってもらえたが、
多人種に慣れている人たちというのは、
アジア系の者にでも質問してくるんだなとおかしかった。
まぁ、滞在数日後、出かけてばかりで、
もう、トラムカーには何度も乗っていたから、慣れているように見えたんだろうな、、、、。

そう言えば、友人たちとアメリカに旅行した時も、
青い目の人に、地下鉄の乗り方を聞かれた。
その時は、英語が話せる友人が教えてあげていた。
そのうち、日本でも、明らかに外国人と見える人に、道を尋ねる日が来るんだろうか。

メルボルンは、もう一度、ゆっくり来たいと思うところだった。
広々して、ゆ~ったりしていた。
が、もう行くことはないんだろうな。。。