自分だったら、もっとうまくやれると思う症候群2021/04/19 13:26

なんか、不愉快な気分が残っているとき、
つらつら思い出してみると、
相手にそういう気分が垣間見えたときだったりする。

他人の失敗は、
自分ならもっとうまくできる、と思わせる何かがあるらしい。
つまり、他人の失敗は、
その人の能力、適性、ふるまい方等に原因があると思うらしい。

実は、これは、めちゃくちゃ不遜な思い上がりだ。

昔、ある会社(中規模の志の高い起業)の内部が、
不具合だらけだった。
従業員は文句ばっかりで、
でも、その志の良さに、働き甲斐も感じていて、
次から次へと辞める人がいれば、代わりに入ってくる人もいる。
私は、そこで、自分ならもっとうまくやれる、なんて、思ったことは、
つゆほどもない。
しかし、それは経営が見えていない自分にできるようなことではないと、思っていたからだ。
そして、経営側にいた人たちは、経営者のまずいところがよく見えていたりする。
で、思ったらしい。
「自分ならもっとうまくやれる」と。

これは、ほとんど錯覚だ。

うまくいくケースがあるとすれば、それはたまたまだ。
何かでラッキーだっただけだ。

案の定、その会社を退社して、
似たような起業をした人は、
全員といっていいほど、ことごとく失敗している。

それでも、この症候群は後を絶たない。
蔓延している。
だから、批判できるのだろう。
よくそこまでやったね、ではなく、
自分なら、もっとうまくやれる、と思うから、
批判し続けるのだろう。

やれやれ~。
不愉快なことを思い出しちまった!

おじいさん政治がやっと終わるのか・・・2021/02/13 09:45

森さんが辞任して、
後任にと水面下で決まっていた川淵さんが辞退して、
やっと
こういうやり方が通用しない、という事例が一つできた。

根回しが大の苦手の私には、歓迎すべきことだ。
根回しができないことを、管理職としての器じゃない、能力がない、とさんざん貶められたからね。
天を仰いで涙した日々が、未だに折に触れて甦る。

その私のやり方が、ほんとうは正しいのだと、やっと思える日が来ている。
私自身が受けた屈辱はもう晴らせないけど、
その論理がようやく日の目を見た。

今、ようやくそのような時代になってきた。
まだ、おじいさんたちの生き残りが現政権には山ほどいるが、
少しずつ勢いが減って行って、
やがてまともな合議制、まともな民主主義の実践が行われるようになるとすれば、そこからすべてが動く。
今、やっと腐った土台が、崩れ始めたばかり、かな。

真っ当に生きるということ2021/01/20 09:18

立て続けに、
大きな「組織」というものと対峙しなければならない状況に陥っている。

今から14年前、組織の問題に巻き込まれ、心身が絶不調になった経験がある。

結局、大腸を切る手術になったことで、
「断腸」というのはまさにその通りだなと思った。
完全にストレス性だった。
今では、大腸も小腸も切った人間である。
その手術時の施術の問題で、腎臓にも瑕疵が残った。

今は、もうちょっと早く逃げられる。
命を削ってまで、付き合う気はない。

しかし、行政組織というものは、本当にとんでもない怪物だ。
まあ、民間の大組織も同じようなものだが。
これら二つの組織と、今、ややこしい。

思うのだが、
真っ当に生きようと、
真っ当な思想を口に出して、友人たちと喋っているだけのあいだは、
まだまだ安全な社会だ。

が、ひとたび、何らかの影響を与えてしまう立場になると、
たちどころに袋叩きだ。
「子ども」のように、言わせておけばいい、というように扱われていたのが、
組織の力学にちょっと食い込んでしまったとたんに、
潰しにかかられる。

真っ当に生きているつもりが、実は生きられてはいないのだ。
誰にも影響を与えず、
権力を持っている者にやりたい放題やられていても、
街の片隅で、「正しい」ことをつぶやきながら、
人様の邪魔をしないように生きている、というのは、
実は、真っ当に生きていると胸を張って言えるようなものではないのだろう。

ここ数日、行政の担当者とやり取りを続けているが、
いかに連中が外部委員をなめているのかがよくわかった。

腸が千切れないように、どううまく「真っ当な」主張を続けるか、
まだスキルが足りないと、この年になっても思う。

また一人、、、2020/12/21 14:11

私と同じ年の旧知の人が亡くなった。
長い間、会っていなかったけど、
いつか会いに行きたいと思っていた。

そうか、、、
亡くなったのか、、、

気難しいところがあって、周りの人は悪く言う人も多かったが、
私とは気が合う感じだった。
正直だし、ややこしい策士じゃないし、
相手も、私のことを「わかりやすい」と言っていた。

ただ生い立ちが、私とは比べ物にならないほどの境遇だったので、
彼女の変わったところは、そのせいもあったのだろう。
外の世界とできるだけ協調するようにしつけられてきた私とは、
全く違った育ち方をしたのだろうと思う。
でも、策を弄さない、そのまんま、というところは、
似ていたので、信用できた。

一緒に仕事をしたが、ズルをしないところも、
馬鹿正直に取り組むところも似ていた。
もっと仲良くしたかったが、いろいろ別の人も関わっていたので、
そんなに距離を縮めることがなかった。
年を取って、一度、ちゃんと話をしに行こうと思っていたのだった。
あの頃、話せなかったことも話せるだろうと、思っていたのだった。

遅すぎるのだ。
いつも私は遅すぎるのだ。

訃報を呆然と受け取るだけになるのだ。

なんだか、イラつく2020/12/20 20:53

いつものことなのだけど、
本当に、チョイチョイいらつく。

不要不急の外出を控え、
家でおとなしくしているのに、
理事会というもののお仕事がたまにあったりする。

今度は、門松を作る手伝いを要請された。
断りたかったが、
こちらの予定を先に聞かれたので、
つい、「その日は空いています」と言ってしまってから、
門松作りだってさ。
狡猾なやり方だ。

しかも、
「女性のセンスがあった方がいいので」と来た。
また、言われた。
「女性のセンスなんかありませんが」と言ったけどね。
以前も、この理事会で、
ある役を引き受けたとき、
「女の人が入ってくれたら、細やかなことに気がつくから」と言われた。
おっさんら、本当に、こういうことしか言えないらしい。
その時も、「細かいことには気づきません」と言ったが、
そういうのって、謙遜だと思うらしい。
「いやいや、、、えっへっへ」と相手は反応する。

もう、勘弁してよ、そのステレオタイプ。
大学ではまず経験しないことだ。
まあ、本音は知らないが、
私が何を教えているのかを知っている教員は、そんな馬鹿なことはまず言わない。
いや、たいていの女性には言わないだろう。
その程度の知識はある。
が、地域社会とは、こんなものなのか。
度し難いおっさん連中が闊歩している。

それでも、たぶん、上品になってきた方なのだろう。

あ~、こっちの舌が回る間に、
いっぺん、この連中に研修を受けさせたいわ。
若い頃は、くだらない反論してくる奴もいたが、
こちらも年を取って、だいぶん心得てきたので、最初からアホな反論を封じる手立ては打てるようになった。

コロナ禍で、
授業もしない、研修もなくなっている、
もう、喋る機会がないので、なんだか、牙を抜かれたわ。