真っ当に生きるということ2021/01/20 09:18

立て続けに、
大きな「組織」というものと対峙しなければならない状況に陥っている。

今から14年前、組織の問題に巻き込まれ、心身が絶不調になった経験がある。

結局、大腸を切る手術になったことで、
「断腸」というのはまさにその通りだなと思った。
完全にストレス性だった。
今では、大腸も小腸も切った人間である。
その手術時の施術の問題で、腎臓にも瑕疵が残った。

今は、もうちょっと早く逃げられる。
命を削ってまで、付き合う気はない。

しかし、行政組織というものは、本当にとんでもない怪物だ。
まあ、民間の大組織も同じようなものだが。
これら二つの組織と、今、ややこしい。

思うのだが、
真っ当に生きようと、
真っ当な思想を口に出して、友人たちと喋っているだけのあいだは、
まだまだ安全な社会だ。

が、ひとたび、何らかの影響を与えてしまう立場になると、
たちどころに袋叩きだ。
「子ども」のように、言わせておけばいい、というように扱われていたのが、
組織の力学にちょっと食い込んでしまったとたんに、
潰しにかかられる。

真っ当に生きているつもりが、実は生きられてはいないのだ。
誰にも影響を与えず、
権力を持っている者にやりたい放題やられていても、
街の片隅で、「正しい」ことをつぶやきながら、
人様の邪魔をしないように生きている、というのは、
実は、真っ当に生きていると胸を張って言えるようなものではないのだろう。

ここ数日、行政の担当者とやり取りを続けているが、
いかに連中が外部委員をなめているのかがよくわかった。

腸が千切れないように、どううまく「真っ当な」主張を続けるか、
まだスキルが足りないと、この年になっても思う。

また一人、、、2020/12/21 14:11

私と同じ年の旧知の人が亡くなった。
長い間、会っていなかったけど、
いつか会いに行きたいと思っていた。

そうか、、、
亡くなったのか、、、

気難しいところがあって、周りの人は悪く言う人も多かったが、
私とは気が合う感じだった。
正直だし、ややこしい策士じゃないし、
相手も、私のことを「わかりやすい」と言っていた。

ただ生い立ちが、私とは比べ物にならないほどの境遇だったので、
彼女の変わったところは、そのせいもあったのだろう。
外の世界とできるだけ協調するようにしつけられてきた私とは、
全く違った育ち方をしたのだろうと思う。
でも、策を弄さない、そのまんま、というところは、
似ていたので、信用できた。

一緒に仕事をしたが、ズルをしないところも、
馬鹿正直に取り組むところも似ていた。
もっと仲良くしたかったが、いろいろ別の人も関わっていたので、
そんなに距離を縮めることがなかった。
年を取って、一度、ちゃんと話をしに行こうと思っていたのだった。
あの頃、話せなかったことも話せるだろうと、思っていたのだった。

遅すぎるのだ。
いつも私は遅すぎるのだ。

訃報を呆然と受け取るだけになるのだ。

なんだか、イラつく2020/12/20 20:53

いつものことなのだけど、
本当に、チョイチョイいらつく。

不要不急の外出を控え、
家でおとなしくしているのに、
理事会というもののお仕事がたまにあったりする。

今度は、門松を作る手伝いを要請された。
断りたかったが、
こちらの予定を先に聞かれたので、
つい、「その日は空いています」と言ってしまってから、
門松作りだってさ。
狡猾なやり方だ。

しかも、
「女性のセンスがあった方がいいので」と来た。
また、言われた。
「女性のセンスなんかありませんが」と言ったけどね。
以前も、この理事会で、
ある役を引き受けたとき、
「女の人が入ってくれたら、細やかなことに気がつくから」と言われた。
おっさんら、本当に、こういうことしか言えないらしい。
その時も、「細かいことには気づきません」と言ったが、
そういうのって、謙遜だと思うらしい。
「いやいや、、、えっへっへ」と相手は反応する。

もう、勘弁してよ、そのステレオタイプ。
大学ではまず経験しないことだ。
まあ、本音は知らないが、
私が何を教えているのかを知っている教員は、そんな馬鹿なことはまず言わない。
いや、たいていの女性には言わないだろう。
その程度の知識はある。
が、地域社会とは、こんなものなのか。
度し難いおっさん連中が闊歩している。

それでも、たぶん、上品になってきた方なのだろう。

あ~、こっちの舌が回る間に、
いっぺん、この連中に研修を受けさせたいわ。
若い頃は、くだらない反論してくる奴もいたが、
こちらも年を取って、だいぶん心得てきたので、最初からアホな反論を封じる手立ては打てるようになった。

コロナ禍で、
授業もしない、研修もなくなっている、
もう、喋る機会がないので、なんだか、牙を抜かれたわ。

選択2019/08/04 14:20

ある機関の責任者のポジションへの打診があった。
最初、前向きな返事をしていたのだが、
どうも、激務となりそうな予感。
一度、経験しているから、前よりは賢くなった。
あれこれ、考えると、今の状況からさらにその仕事を引き受けたりしたら、私、死ぬなぁと思った。

で、断ろうと思う。
からだも衰える一方だし、寝る間もないほど働いたり、
嘗てのようなストレスをかかえるには、もう盛りを過ぎた。

もうちょっと若かったら、考えたかも、という感じ。

そう言えば、以前、病気で退職した直後も、
ある施設の責任者のポジションをオファーされた。
その時は、癌が見つかる前で、からだの調子があまりにも悪く、
無理だと思って断った。

断って正解だったろう。
たぶん、もう死んでた。

無駄に長生きしたいとも思わないが、やはり、もうちょっと生きて、
見極めたいことが自分なりにある。

この年で過労になるのは、もう避けた方がよいだろう。
だから、今回の話も、明日、断ろうと思っている。
代わりに推薦したい人がいるのだが、特に名前が通っているわけではなく普通に現場で働いてきた人だから、喜ばれないかもしれない。
こういうポジションというのは、その業界でそれなりのポジションにいた人が望まれる。
だから、いくら業界で長くても、全く無名の人というわけにはいかないのだろう。
だからと言って、私のような年寄りに、現場仕事を期待するのも間違っている。
キャリア、専門性、そして実務労働、これらが具備されている人物を求めるのは、欲張り過ぎだ。
実務労働をこなすには、まだ若くて体力もあって、つぶしのきく人でないと無理だし、キャリア・専門性を望むなら年齢も高くなるし、名誉職に近い待遇でないと無理だ。

私は労働を厭う気はさらさらないが、もうからだがついていかない。
本当は、まだこれから収入の道があるのはありがたかったので、引き受ける気でいたのだが、まぁ、仕方がない。
無理は無理。

そう言えば、昔、超有名人(今日もテレビに出ている)からオファーがあったことがある。
一晩考えて断った。
あれも正解だったのだろう。

母は昔、撮影所に友達と遊びに行って、映画出演の声をかけられたことがあったそうだ。
主人公の妹のイメージにぴったりだと言われたそうだ。
美人の母には、ありそうな話だ。
が、持ち帰って親と相談したのか、その場で断ったのか、忘れたが、
とにかく、そのエピソードだけが思い出として語られていた。

人生の途上で、選択を迫られて、決断しないといけないことは何度もあるのだろうが、
私が今までにした決断というのは、
なぜか危険を回避した感じだけが残るので、
後悔はない。
唯一、病気で退職した職は、ほんとうは引き受けなかった方がよかったのかもしれないが、それでも苦労したおかげでいろいろなことが見えたし、少しは私も賢くなった。
苦しくて人生の最大の難関だったが、鍛えてもらった。
もちろん、まだ回復してはいない。
たぶん、死ぬまで、この後遺症は尾を引くだろう。
人が人をどのように苦しめるのか、なぜ苦しめるのか、そのようなことを少しは分かったような気がする経験だ。
タフではない私の貴重な試練だった。
終生のトラウマだが、終生の課題ともなった。
今後も、ここが起点になって、なすべきことを決めていく感じがしている。

また、訃報・・・2017/08/28 19:46

まだ、若い人だった。
実は、昨夜、その人のことを思い出していた。
昔、仕事をしていた時の、困ったさんだった。
派手で自己顕示欲が強く、そのために要らぬことをしてくれるので、
難儀な人、という印象だった。

さすがに私にはやらなかったが、
私の仕事を補佐するTさんをいじめて、泣かせていた。

現状に満足していない、何か鬱憤をためているような、そんな感じだった。
理想の自分と現実の自分のギャップが大きいから、
こんな変な言動に出るのかと解釈してみたりしていた。

その後、仕事を辞めてから、脳の病気になった話を聞いた。
そして、昨夜、ふとその人のことを思い出して、
あの人のあの時の困った行動は、
病気が原因だったのかも、と考えていた。
もう、亡くなっているかも? とも考えた。

そして、今日の訃報。

うれしくない偶然だ。

私がお葬式に行っても、なんだか、向こうも困るかもしれない。
私自身は、その人と、年齢も仕事も経験も違い過ぎて、
単に、難儀な人と思うだけで済んでいたが、
Tさんは、とても苦しんで、
結局、私が辞めた時に、まだ続けると言っていたのに急に辞めてしまったのだった。
いじめは私がいない時に行われるので、
私もそこまでとは思っていなかったが、
私が研究を優先して、退職を決めたとき、おそらく、Tさんは私に見捨てられたと思ったに違いない。
私にも何も言わず、私が退職するその日、電話で「辞めます」と上司にだけ伝え、連絡が途絶えてしまったのだ。

私は、どうしようもなくお気楽なところがあって、
他人の悲壮な感じが、読み取れないことがある。
職場を去っても、Tさんとはまた連絡を取り合えばいいと思っていたが、本人には、もっと深刻なことだったのだろう。
私がいなくなったら、いじめのある職場でどうしてよいかわからなかったのだろう。
気の毒なことをした、と今は思う。

そして、そのいじめていた人が亡くなった。
これもまた、言葉を失う感じ。
悲しいわけではないが、暗い気分になっている。