DV被害者の心理?2024/05/07 09:27

今も時々、思い出すことがある。

大学の授業で、DVを取り上げた時だったか、
授業後、教卓に集まった学生のレポートを片付けていると、3人の女子学生が私のところにやって来た。

いずれも派手目の服装の、美しいイマドキの女子学生だ。

そのうちの一人が、彼氏のDVに悩んでいるらしい。
聞けば、典型的な若者のDVのようだ。
優しい時もあれば、荒れて暴力をふるうことがある、というような、、、。
別れた方がいいかどうか、悩み中。
両脇の二人は、相談に乗っていたらしい。
別れられない被害女性の、これまたよくある語りがなされる。
年齢を重ねた主婦が夫と別れたいと思いながら決心がつかない説明と、酷似している。

経済的に頼ってもいず(むしろ、男にたかられたりする)、子どもがいるわけでもない女子学生がなぜ別れたくても別れられないのか。
すると、彼女は言った。
「私のことを好きだと言ってくれるんです」と。
私は間髪を入れず、
「それは関係ないよ」と答えた。

すると、だ。
3人ともが、「あ」という反応をし、ホッとしたように一人が言った。
「先生、それがわかれば充分です」と、実に解放されたような声を出した。
何度も何度も、彼女たちは頷いた。
そのあと、まだ少し会話を交わした後、
彼女たちは礼を言って、立ち去った。
ホッと肩の荷を下ろした感じと言おうか、実にはっきりと表れている後ろ姿だった。

彼女たちは、3人で、あれこれ、知恵を出し合ったり、意見を言い合ったりして、悩みと向き合ってきたのだろう。
もう見切りを付けよう、と何度も決心したのに、最後までクリアできなかったのは、彼の好意、愛情だったに違いない。
「愛」という名の呪縛だ。
DV男は、「愛」を餌に女を手なずける。
心細げに女に頼ってきたり、「お前がいなければ俺は生きていけない」と縋ったり、いろいろな手を使う。
いや、たぶん、男も本気でそう思っているのだろう。
で、女はほだされる。

そんなの関係ねえ! のだけれども、
自分に愛や依存が向くと、ほっとけなくなるのだ。

実際に、自分が虐待していた相手に去られて、生きていく力を失って死んでしまう男がいるのも事実だ。
相手を虐待することで、活力を得ていたのだから、活力源がなくなれば、当然、弱ったり死んだりするだろう。

が、そこまで責任を負う必要はない。
相手の犠牲になるために自分を投げ出すのも自由だが、それは義務でも責任でもないので、やめる自由もある。

この大学での出来事は、チョイチョイ思い出す。
若くて美しくて、元気いっぱいに青春を謳歌しているように見える女子学生が、こういうことで悩んでいたとは。
そして、その呪縛が、虐待者の「愛」だったとは。
なんか、古典的過ぎてくらくらするが、
「愛」というわけのわからない概念に惑わされる愚からは、早く脱け出した方がいい。

愚痴っぽい、書き込みが続く2024/03/28 08:56

組織や団体の仕事をしてきて、思うのだけど、
「仕事」というものは、逃げない人、ちゃんと取り組む人に、負担が偏る。

これは、誰が悪いとか、誰がずるい、とかそういうことではなく、
ほっとくと、そういう力学が働くようだ。

その仕事に真剣に取り組むと、
その人が一番詳しく、情報を持つようになり、
その人でないと、こなせない、というような事態が生じる。
他のメンバーが他用で忙しくなると、
ますますその、主要メンバーに「お任せ」という状態になる。

仕事量が多く、多様になると、
誰もが、結構、過重負担になる。

これまでの上意下達の組織は、個人の状況におかまいなく、
上からの指示で動いていた。
が、民主的な組織というものは、
誰もが自主的な仕事への取り組みを期待される。
そうなると、個人差が生じるのはやむを得ない。

そして、真剣に取り組み、漏れがないか気配りをする人は、
自然に、全体をかかえることになる。

実は、私はそれに疲れたのだ。
他のメンバーは、私が何気なくこなしているように見えたのだろうか。
誰からも慰労されることもなく、
文句すら言われる事態になって、「もう、無理」と思った。
だから、辞めることにした。

もっと早くに、
その役割を「休む」という選択肢もあったかもしれない。
そうすれば、他の人がその役割を担って、
その大変さがわかったかも、、、。
ま、そういう時に限って、楽に進む、ということもあるからなぁ、、、。

まあ、逃げるしか生き延びる道はなかった。

逃げることに決めて、あんまり関わらなかったら、
私の役割を一番わかっていた人が、
「漏れはないでしょうか」と、メールを送ってきたりする。
まあ、今年度中は、関わらざるを得ないかな、、、。

いろいろ溜息とともに思う、、、2024/03/22 17:38

イベントを開催するとき、
ハイブリッドでおこなうには、機材も不十分だし、
自分一人で担うには厳しい状況だった。
しかし、他のメンバーは、著しく、私の役割には関心がなく、
誰一人として、私の役割を労ってくれる人はいなかった。
1人で機材を運び、
1人で接続し、1人でハイブリッド・イベントが終了するまで責任を持つ。

おまけに、文句まで言われる。

神経が細ること、細ること、、、。

ようやくその荷物をおろすことができそうだ。
代わりにやってくれる人がいる。
でも、その人に、1人で託してしまうのは、
その苦労を知っているだけに、私にはできない。
結局、一緒に準備しましょう、と言ってしまった。

つくづく思うのだが、
私だって、ずっと、もう一人の「私」にいてほしかった。
が、全部、1人でやって来た。
代わってやってくれるその人には「私」がいるからいいなぁ、
という感じ。
でも、その人は自分でできると思っている。
まだ、何が必要か見えていないようだ。

でも、苦労がわかっているから、
結局、私は手を出すだろう。

まだまだ、その人がわかっていないことがあるようだが、
全部、私が手助けするだろう。
そのための準備もひそかにしておく予定だ。
いざとなって、その人が困ることがあったら、
すかさず、その人のサポートができるように。

こうして、縁の下の力持ちをどれだけやって来たか。
自分の手柄だと思っているだろうが、私がどれだけ、裏で支えたか。

まあ、自分もそうだったのかもしれない、とは思う。

他の人の苦労の上で、うまくいったこともあるのかもしれない。

気づかないうちに、ね。

わかったふり?2024/03/07 09:02

今までに思い違いが多すぎた。

先のブログにも書いたように、
みなさん、わかったふりをしているのではなく、
わかっているつもりなのだろう。
「私はよく知りませんので、説明をお願いします」と言う人はほとんどいない。
で、結果、実はどの人もわかっていなかった、ということが多過ぎる。

学生を相手にしているときは、基本、そういうことがなかったのだが、
市民や主婦歴の長い人たちに話をするときは、こけることがある。
相手は、結構、「何でもわかっている風情」だ。
だから、あんまり初歩的な話をしてもつまらないだろうと、
レベルを上げて話をすると、不評を買ったりする。
「そんなん、大学の授業でやるようなことだ、わからない」と文句も出る。

どのレベルで話をすればいいのか、わからない。
そもそも、皆さんは、自分にどの程度の知識があるか、というようなことをわかっておられない。
それはそうだろう、山に登るのに、頂上の高さや道のりがわかるから、自分がどのへんにいるのかがわかるわけで、
目指す場所が見えなかったら、自分はずいぶん頑張ったんだから、頂上に近いはず、と思えてしまうのかもしれない。

私も相手を読み間違う。
知っていることを聞かされたら退屈だろうと想像してしまうが、
たいていは、皆さんは、「知っていない」のだ。
でも、長年の人生経験で、堂々としていらっしゃる。
だから、こちらは相手を読み間違えてしまう。

いや、私の自尊感情の低さもあるのだろう。
どうせ、私が知っているようなことは、皆さん、知っているだろうし、、、
という大間違いの認識が、
たまにある。

だからと言っても、かつて、当事者で私以上に勉強している人がいて、
こちらの足りない部分を補われて、
私の面目がつぶれたこともあるしね、、、。
難しいねぇ、、、、
大人の人に話をするのは、
大学で授業をするのとは、また違う苦労がある。

講演だけではなく、ITもそうだ。
ある講師に、パソコンの使い方を説明していたら、
「自分でできる!!」とイラつかれた。
で、説明するのをやめたのだが、結局、わかっていなかった。
その人はできなかったのだ。
講演中、もたつく、もたつく。
そのたびに、私が出て行って、操作を手伝う。

今度は聴衆がイラつく。
ほんとうに、もう、さんざんだわ、、、
あ、最後は、愚痴か、、、。

私は甘かった、、、2024/03/06 14:18

ⅠTに弱い人は、アナログの世界では、結構、優秀な人が、私の周りには多い、ということを書いた。

そのことをわかってから、すっかり見る目が変わった。

が、私はまだ甘かった。
この人たちは、「わかったふり」をするのも、とてもうまいのだ。
いや、ふりではないのだろう。
本当に、その時はわかった気になるのだろう。

しかし、実際は、わかっていない、ということが最近、わかった。

懇切丁寧に説明したつもりで、
「なるほど」などと返事をされるから、わかってもらった、と思っていたが、
とんでもなかった。

正直に言う。
私はもう、お手上げ状態だ。
相手は、想像したよりはるかに、猛者だった。

ステンレスの板を見て、私が「つるつるしています」と言うと、
相手は、天然の岩石を持って、その平らな面を見ながら「はい、つるつるしています」と、答えているようなものか、、、。
あ~、わからん!
例えがおかしい・・・

みんな賢いのだから、私なんかができることは誰でもできると思っていたことは、全部、間違っていたし、
それどころか、そもそも見ている物が違っていた。

頭をかきむしりたいくらい、
私の懇切丁寧な説明も、わかるようになってもらおうと思う親切心も、
雲散霧消しそうだ。
ほんとうに、頭をかきむしっている・・・