おじいさん政治がやっと終わるのか・・・2021/02/13 09:45

森さんが辞任して、
後任にと水面下で決まっていた川淵さんが辞退して、
やっと
こういうやり方が通用しない、という事例が一つできた。

根回しが大の苦手の私には、歓迎すべきことだ。
根回しができないことを、管理職としての器じゃない、能力がない、とさんざん貶められたからね。
天を仰いで涙した日々が、未だに折に触れて甦る。

その私のやり方が、ほんとうは正しいのだと、やっと思える日が来ている。
私自身が受けた屈辱はもう晴らせないけど、
その論理がようやく日の目を見た。

今、ようやくそのような時代になってきた。
まだ、おじいさんたちの生き残りが現政権には山ほどいるが、
少しずつ勢いが減って行って、
やがてまともな合議制、まともな民主主義の実践が行われるようになるとすれば、そこからすべてが動く。
今、やっと腐った土台が、崩れ始めたばかり、かな。

やっと、、、2021/02/09 19:20

「女性が多い理事会は時間がかかる」というような
大昔に滅んだかと思うようなおじいさんの発言が物議をかもしている。

そして、こんな屈辱に、数えきれないほどさらされ、
踏みつけられてきた私は、
今、若い世代を中心に批判が広がっていて、まだおさまる気配のないことに、
驚きやら、感動やら、心を揺さぶられっぱなし。

ようやくこういう時代が来たのか、、、。

いつもいつも思い出す光景がある。
14年前に病を得て退職した職場。
新参の管理職だった私は、「運営会議」という名の役職者会議で、
いろいろ議論をするのだと思っていた。
内規のどこにも位置づけのない会議なので、
その会議で話し合いをして、内規に載っている正式の会議で諮るのだと思っていた。
が、すべては、内規のどこにも載っていないその会議で決まるという実態にびっくりした。

そして、もっとびっくりしたのは、
その会議で、そもそも「議論」がなかったことだ。
私が話を向けても、誰も意見を言わない。
役員は、あれだけ現場を牛耳っているのに、意見を言わない。
何? 
私の頭の中は、?が飛び交った。
そして、いつの間にか、奇妙な物事の決まり方をするのに気づいた。
つまり、水面下で、影の権力を握っている者がいつの間にか方向性を誘導しているのだ。
それは、巧み過ぎて、ぬえのようにつかめないものだった。

すべては、私の敗北につながっていた。
議論をしないのに、どこで意思決定するのか?

私が気づいて動いたことは、また巧みに潰されていった。
私より上位にある人をうまく使って、私の行動は抑え込まれ、圧迫された。

そうなのだ。私はその職場ですべてにわたって、失敗したのだ。
目くばせよりも、意見を聞きたい。
水面下ではなく、会議の場で話し合いたい。
問題は言語化したい。
規則にある通りの指示命令系統が機能するべきだ。
そうでなければ、責任が取れないではないか。

しかし、ことごとく、私の考えとは異なる論理が支配していた。
そして、わけのわからぬ蠢きにむしばまれ、
私は敗退した。

14年経っても、あの悔しさは忘れない。
あの連中の卑怯さは忘れない。
それは男たちではなく、女たちだった。

私は、あの短い間に、命を懸けて戦ったからね、
人生をかけて、あの不正をただしたいのだ。
そうしたら、今、
「どこの場でも、原理原則を貫くべきだ」という意見が出てきている。
そう、そうなのよ!
それが私が言いたかったことだよ。
ずっと言ってきたことだよ。
(声が小さいから、聞く耳を持たない人には聞こえなかったかもしれないが。)

しかしまた、思うのだ。
正式な会議で意見を言わなかったあの卑怯な連中は、
今ごろきっと、
女たちの味方のふりして、
恥ずかしげもなく、「正義」に寄り添っているんだろうなぁ、と。

Hashimotoの正体2021/02/05 13:01

こんなちっぽけなブログでも、
あんまり批判を書くとたたかれるかもしれないので、敢えてローマ字(笑)
小心者です(笑)

森喜朗の発言をめぐって、
どのチャンネルも喧しい。

で、関西テレビのお昼の番組を見ていたら、
コメンテーターとしてHashimotoが登場していたのだが、
やっぱり、こういう奴だったか、という思い。

少し前のブログで、
この人の言うことに全部反対ではない、というようなことを書いたけど、
概ね反対、に書き換えようかしら。

要するに、権力というものが好きなのだ。
権力への批判力はないのだ。

「積み上げてきた努力」だの、「無報酬で何年も尽力してきた」だのと、森会長へのリスペクトがすごいのだが、
それって、森会長ではなく、
多くの、無報酬で、ケア役割を引き受けて、何十年も尽力をしてきた名もなき女性たちをリスペクトするのに言ってほしいね。
この、腐った男の感覚で、「改革」を気取ってきたのかと思うと、
「ボコボコにやられて傷ついて」、政治から退いたのは正解だ。
権力のある古株のおやじたちのバックが足りなくて、
政治から退かざるを得なかったのだが、
古狸のおやじたちが、自分を守る兵隊を差し向けてくれなかっただけだ。
現場の力学を無視して、
突然落下傘で降りてきた後ろ盾のないトップをボコボコにするのは、
「美しい日本」では当たり前の光景なのだ。

今更だけど、自民党の黒幕ネットワークのすごさにはおののく。

そういうところに、女性が切り込んでいくなんて、
おやじたちの支持がなければ、
普通にやっていれば、滅ぼされるのだろうなぁ。

杉田水脈みたいな、おじさんの代わりにえげつないことを発言して女性を敵に回す人
(バカなのか、力のない女性を敵に回してもどうってことない、という力学を読んでいるのか)
は別にして、
まともに政治をやりたい人はやっぱり苦労するのだろうな。

メンタルがタフというだけではなく、
やっぱり、誰を味方につけるか、
賢く人間関係を読み解く能力が要るのだ。

過去の経験から、あらためてしみじみ。
ちっぽけな組織だったけど、行政をバックにしていたのだから、
ほんのわずかの悪知恵もなかった私が敗退したのは当たり前だったか、、、。

世の中に不思議なことはたくさんあるけれど、、、2021/02/04 12:52

以前から、思うことの一つ。

テレビ番組で、関西を舞台にするのに、
なぜ、関西出身の役者を使わないのか?

どんなによくできたストーリーでも、
関西人のはずの登場人物が、
奇妙なイントネーションで大阪弁や京都弁を話すのを聞くと、
とたんに、
興ざめる。

方言指導という立場の人がいるが、
完璧にはできない。
チョイチョイ、救いがたい破綻がある。
イントネーションは致命的だ。
関西といってもいろいろあるけれど、
関東イントネーションはあかん。
そこだけは押さえろ、と、
ばあさんごまめは、文句を言っております。

誰にも聞こえないんだけどね、、、

なんか、絶望的だな2021/01/27 22:38

菅首相が誕生した時、
彼は、
「自助、共助、公助」と恥ずかしげもなく言った。

私の周りは、一人残らず、呆れて、絶句してしまった。

政治家が、「自助」なんて言葉を使うのか、、、。
順序が逆だと言う人もいたが、
私は、そもそも、政治家の口からそんな単語が出て来ること自体に、ものすごく抵抗感。
政治家の仕事を、初っ端から投げ出したことばだ。

そんなことを言う奴は、政治家ではない。

案の定、彼は政治をしない。
今、惨憺たるありさまだ。

自民党に投票する奴って、どんな奴?
責任取れよ。
自分が選んだんだから。
「国民が選んだんだから」とはよく聞くフレーズだが、私は選んでいないよ。
国民の責任にして、評論家ぶっている連中にもむかつくのだ。
自民党を選んで、ずっと政権を許し続けている連中のせいだ。

と言っても、そういう人たちは、
自分たちの責任なんて、考えもしないだろう。
大きな政党だから、寄らば大樹と、選んでいるのだ。

力のある者におもねる文化は、「日本の伝統」だからね。