頭をかかえる2020/07/25 23:28

学生のレポートを読んでいると、
ときどき、
日本語が「変」としか言いようのない文章に当たる。

文章が下手とか、そういうレベルではない。
下手くそなのは、だいぶん、見てきたが、
今年のニューフェース。
助詞、助動詞の使い方がおかしい。
読点がないので、どこで区切るのかわからない。
単語をとても適当につないだような、実に奇妙な文章。

何?
この文章。
意味わからん。
結局、否定しているのか、肯定しているのか、
妙にセンテンスが長くて、文末に行きつくころには、主旨がわからなくなってしまう。

あまりにも奇妙な日本語なので、
下手くそな翻訳ソフトを使ったような文章だと友人に話すと、
最近は、AIによる作文のソフトも開発されているようだ、とのこと。
もしそうなら、もうちょっと精度の高いソフトを使えよ、と思うような代物だ。

しかし、本当にそういうソフトがあるのなら、
試してみて、裏技を知りたい、という好奇心がわく。

参考図書を読んでレポートを書きなさい、という課題を出したとき、
ネット上の他人の文章のコピペが多いので、
見つけたら、「減点します」と警告した。
そうしたら、見事にそれはなくなった。
が、最近になって一つ、摘発(笑)。
簡単には見つけられない、検索エンジンの奥深くに潜っているような他人のブログの文章の言い回しを少し変えて、
レポートとして出してきていた。
その手間で、参考図書を読めばいいのに、と思うが。

しかし、もしAIで作文していたら、出所はわからない。
が、奇妙極まりない日本語が特徴だから、良い評価はできない。
その裏技の手法を突き止めてみたい。
今のところ、「未推敲のレポートを出すな」という警告はしているけれど。

ちょっとヤバめの映画2018/12/26 10:56

最近、映画を観る頻度が高まっている。

もうずいぶん昔、
『戒厳令下チリ潜入記』という映画を観た。
まだ、ピノチェト政権の恐怖政治が続く中、ひそかに国外に持ち出されて、
外国で上映活動が続けられたドキュメンタリーだ。
他の映画とは異なる、そのものものしい雰囲気の中で、観た。
会場は満員だった。

まだピノチェト政権下のチリで作られた
『100人の子供たちが列車を待っている』という映画もあった。
これは、公共施設にも所蔵されている映画で、
映画を観たことのない貧しい地域の子どもたちのために、
映画教室を開いた話だ。
背景を知らないと意味がわからないところがあるだろう。
それでも、味わい深い映画だった。

今も、当局ににらまれるとヤバい映画が、
いろいろなところで作られ、上映されている。
まだ、こうした映画が見られる間に、できるだけ見たいという欲求がある。

年末は一人だから、
その手の映画を観に行く。
時代が移れば、この手の映画が観られなくなるかも。
民主主義が機能している間に。

このブログ・・・2018/11/27 14:37

そろそろ、閉じようかと思っている。

独白体のこういう文章は、
当然のことながら、なかなか理解されない。
一つのパラグラフ、いくつかの単語が誰かの気持ちにフィットしたとしても、
生きている背景が違うから、
ほとんど、私の意図は汲まれない。

それは、むしろ当たり前なのだろう。

物価が上がったねぇ、とか、
景色がきれいだねぇ、とか、
○○軒の△△はおいしいねぇ、とか、
そういう話題は、当たり障りなくて、
多くの人の最大公約数的話題だが、
私は、そういう話題に字数を費やす気になれない。

個人的なことを、政治的社会的課題に読み替えて行く作業をしているのだけれど、
それは、そういう作業に慣れた人たちだけが共有できるのだろう。

早い話が、めんどくさくなってきた。
今後は、
実名で、同様の領域で仕事なり、活動なりをしている人たちの間で流通している媒体に書くか、
誹謗中傷が好きな人たちも読むかもしれないのを覚悟の上で、
実名でブログを書くか、
に切り替えようと思う。

だから、閉じる。

ポリティカルな表現ということ2018/11/14 10:36

昨日、漫然と観始めたNetflixの番組が面白くて、とても印象深かったのでご紹介します。
社会を教えている友人にもLineで紹介。
下ネタもあるから、授業でそのままは使えない(^^)

いろいろ、多面的な意味で面白い。

『ジョン・レグィザモのサルでもわかる中南米史』という番組。
スタンドアップコメディなのだが、
もろポリティカル。
もう、どうしようもなくポリティカル。
それが、実に爽快なのだ。

本人がコロンビア出身で、アメリカ合衆国で差別を経験してきたことを、
コミカルなネタにして、会場で大受け。
オーディエンスは、同じ境遇の人たちなのだろう、拍手が沸き起こったり、どっと笑い声が起こるのも、
気持ちがわかる感じがして、感動すらする。
本人曰く、あまりにも会場で受けるので、
「同じジョークを、(白人だらけの)テキサス州の会場で言ったら、アウエーだった」とのこと。
これもまた大受け。

知らない人名が多々出て来るので、
わからないところもあるのだが、
政治史で登場する人名はある程度聞き知っている。
コルテスとかピサロとか。
詳しくは知らないのだけど、そこをとても概略的に、
比喩を沢山使って、シンボリックな話し方をする。
その背後に、差別への抵抗感が力強く流れている。

ラテン系の人たちは、日本人にはとても魅力的に見えるのだけど
(ん? 私だけ?)、
アメリカでは、黒人差別よりもさらに見えにくい差別がある、とのこと。

日本にも、わけのわからない「ヘイト」「差別」というものは、昔からある。
昨今は、人権擁護の風潮が強まり、かえって、それに反発する人も目立つ。
しかも、ええかげんにせぇと言いたくなるほどの若者世代のノンポリぶり。
昔はノンポリの中にノンセクトでラジカルな人もいたけど、
昨今の若者は、ほんとに、政治に疎いやつらが多い。
いや、若者だけではないようだけど、、、。
もちろん、ノンポリとは言えないけど、考えないで流される保守も嫌いだ。

日本でも、もちろん、ポリティカルな表現を続ける演技者はいる。
が、メジャーではない。
小ホールで、細々と続けている。
宣伝も行き渡らない。
友人の一人がずっと一人芝居などをやっていて、
ポリティカルな表現を続けているが、
先日の公演で「引退する」とのこと。
もっとやってよ、と友人たちで言っていたが、
「一区切りやねん」とのこと。
アカン、まだ、やってほしい。
声も出ている、判断もシャープ、貴重な存在なのだけど、、、。
続けてほしい。
また、説得してみようかな。
でも、マネージャーみたいなことを引き受ける気でないと、
無責任にけしかけるだけでもいかんし、、、。

しばらく前に、痛快な政治的ネタをやった漫才コンビのウーマンラッシュアワーも干されたのか。
これで干されるって、本当に、日本の芸能界って、狭量で小心者ばっかりの集団なのか。
まだ村八分の風習の残っている国なんだね。

個人的な出来事でももやもやすることが多く、
社会の風潮にももやもやが強まる。
もやもやしてても始まらん。
なんとか、行動に変えよう。

頭かかえる・・・2018/11/12 22:16

関わっているある団体の御大のことは、よくここに書く。

事務をきっちりされるので、何でもお任せで、やって来た。
が、高齢になって来られて、大変そうだ。
仕事は変わらず忙しいのでサポートしようという気持ちはあるのだが、私も軸足を移すまでには至らなくて、十分なサポートができない。
それに、ヘタレだし、、、(^^;)

困ったことが起きた。
前回の会議を私は欠席したのだが、
(腹痛で、それまで長丁場の会議があり、なんとか我慢したが、
夜の会議は、耐えられなくなって帰ったのだった。)
その時に決まったイレギュラーなことがあった。
定例の出来事は、欠席していても、だいたい見当がつくが、
イレギュラーなことについては、事情がわからないので、会議録を読んでもわからなくてスルーした部分だ。

で、今日、判明したのは、
会議で決まったことが、担当者に相談もなく覆り、
担当者Eさんが切れてしまったこと。

決まったことも、覆ったことも知らなかった私は、
そのEさんが「もう事務所に行かない」と言って、怒っているらしいと知り、最初は、子どもみたいな人だなと思った。
で、御大は、
「忙しいから、ちょっと不安定になったはんねん」とか言っているので、
「それにしても、ちょっと責任感がなさ過ぎじゃないですか」などと私も言っていた。

御大が作った会議録を見直していて、
「あ!」と叫んだのは私。
「こんなこと、決まってたんですか?」
「Eさんが担当して、Eさんが文章を書くって、会議で決まってたんじゃないですか!」

それなのに、Mさんに頼まれた私は、
Eさんの文章を没にして、新たな文章を書いた。
悪いけど、Eさんの文章は使いものにならない。
Eさんは、文章が苦手なのだ。
なぜ、Eさんが書くことになったのか、それも不思議だった。
だから、「直して」と頼まれたけど、
修正のレベルではないので、
「新たに作文しますよ、いいですか?」と言ったら
Mさんが、
「そうして、そうして」と、言った。
で、Eさんの文章の手直しではなく、完全に私の文章になった。
で、Eさんの名前を消して、団体の名前にした。
御大二人の合意を得て作った文章だし、団体名で公表するのが常識だろうと思われるものだったから。

が、会議録を見ると、Eさんが書いて、Eさんの名前で出すことに決まっているらしかった。
びっくり仰天である。
実は、Mさん自身、頭をかかえていた。
ここまで書けないとは思っていなかったのだろう。
Eさんの文章を前に、困りきっていたのだ。
Mさんも直そうと試みたそうだが、直すレベルではない。
そこに、運悪く、私が現れたのだ。
会議を欠席しているから、事情をわかっていない。
大胆にも、Eさんの文章をポイしちゃったのだ。

酷い話である。
たぶん、人のいいEさんは、会議で皆に押し付けられて、しぶしぶ引き受けたのだろうと思う。
引き受けた以上は、一生懸命、書いたのかもしれない。
が、使えない。わけのわからない、稚拙な文章だ。

他にできることはたくさんあるし、何より人柄が良いので、
Eさんは事務局にはいてもらわないと困る人だ。
が、人には得手不得手がある。
Eさんは言葉で勝負していない。
しゃべるのも書くのも苦手。
Eさんに押し付けた人が悪いとは思う。

せめて、会議で決まったことを覆すのだから、
ちゃんと説明をするべきだった。
あれは、酷い。

会議録を読んで、呆然とした。
なんて、失礼なことをしたのだ!

しかし、最近、御大は、会議で決まったこともよく忘れる。
私も、会議でさんざん議論して結論が出たのに、
次の集まりで、全然違う方向に話が進んでいるのに、驚いたことがある。
「それ、いつ、決まったんですか?」と聞くと、
会議後も残っていた人で話し合ったと言う。
会議後、飲みに行く人たちがいて、たぶん、飲みながら、続きを話し合っていて、方向が変わったのだろう。
それは、やってはいけないことだが、
やむを得ずそうなる場合は、メールででも了解を取らないといけないことだ。
「会議外で決まったんですか?」と、批判を込めて問い返したが、
御大は、そのことを気にもしていないようだった。
自分は会議にも、後の飲み会にもいたから、いつ話し合ったか、わからなくなったのだろう。

が、今回は、Eさんが切れた。
私が会議の進行をするときは、決定事項はうるさいほど確認する。
そこは、厳格で、けじめをつける。
基本的にだらだらした会議は嫌いなのだ。
が、意外にゆるゆるな人が多いなぁと思う。

Eさんの文章をポイして、新たに書いたのは私だから、
辛いなぁ、、、。
事情を知らなかったから、そんなことをしたのだけど、
Eさんに恨まれているかも。

難儀な話だ。
そろそろ、責任者を交代しないといけないのだろうけど、
他にやりたいことがあって、、、時間が割けない。
う~、と、今、頭をかかえている。