私は環境だったのかも ― 2019/08/29 10:49
12日間の入院中、ネコの世話を誰かにしてもらわないといけない。
もう、排泄物も、トイレ以外にやってしまうし、動きもとろとろしているし、老猫の世話は大変だ。
娘が帰阪中は、娘がみてくれていた。
彼女は一番、頼りになるし、安心できる。
きめ細かくいろいろケアをしてくれる。
で、彼女が帰ったあと、息子と友人に頼んだ。
息子は仕事が長時間なのと、出張が入っていて、あまり来てもらえない。
もっぱら、友人を頼りにした。
が、ある日、病院にやって来た友人はものすごく深刻な顔で、
ネコの動画を見せて、
「もう、あかんと思うわ。一人の時にあかんようになったらと思うと怖い」と言う。
この友人、超ビビりなのを思い出した。
私は、
「いつもと同じように見えるけどね」と言うと、「わかってもらえない」と、深くため息をつく。
いや、ため息をつきたいのは私の方で、開腹手術からまだあんまり日は経っていなくて、自分のからだが思うようにならないのだ。
が、もう、私が帰るより仕方がないかもしれないと思った。
友人は、私の反応がイマイチなのでいやだったのか、
「あかんとなったら、すぐに冷蔵庫に入れるけど、いいね!」と言った。
おっと!
本当に死んでしまうよ、それは。
友人に「もう猫の世話はいいよ」と言って、
息子に行けるかどうか尋ねたら、「行くよ」との返事。
ようやく、ホッとした。
息子が無理なら、退院も近いことだし、外出許可を取って、私が帰るしかないと決心していたが、それはしないで済んだ。
ネコは、いつ、どうなってもおかしくない年齢だし、老衰ぶりだ。
が、まだ食欲もあるし、そんなに危ないとは思えなかった。
結局、息子がネコの無事を伝えてくれ、退院したら、いつも通りのネコがいた。
ネコの死に目に、自分が一人で遭遇することを恐れまくっていた友人は、私の退院に合わせて、とても献身的にサポートしてくれた。
他のことなら、何でもします! という健気さだった(笑)
まぁ、誰でも得意不得意はあるからな。
この友人は、別のネコが子猫の時も、
「この子、もう目がつぶれてる!!」と絶望的になっていたことがあるが、
「え? 大丈夫でしょう」と、私が濡れタオルでそっと目を拭って目ヤニを取ってやったら、ものすごくビューティフルな目をぱっちり見開いてくれたことがある。
そうだ、この手のことが苦手だったのだと改めて了解。
で、うちのネコちゃんだが、元通り、ゆっくり動いてはがつがつ食べている。
友人曰く、「あなたが帰って来て、活気が出たみたい」とのこと。
それもあるのかもしれないとも思う。
うちのネコちゃんにとって、私の存在は、安全な生存環境のことなのかもしれない。
私の存在、それは誰か(たとえばネコちゃん)の安らげる環境ということであるなら、がんばって存在していなければ、と思うのだ。
もう、排泄物も、トイレ以外にやってしまうし、動きもとろとろしているし、老猫の世話は大変だ。
娘が帰阪中は、娘がみてくれていた。
彼女は一番、頼りになるし、安心できる。
きめ細かくいろいろケアをしてくれる。
で、彼女が帰ったあと、息子と友人に頼んだ。
息子は仕事が長時間なのと、出張が入っていて、あまり来てもらえない。
もっぱら、友人を頼りにした。
が、ある日、病院にやって来た友人はものすごく深刻な顔で、
ネコの動画を見せて、
「もう、あかんと思うわ。一人の時にあかんようになったらと思うと怖い」と言う。
この友人、超ビビりなのを思い出した。
私は、
「いつもと同じように見えるけどね」と言うと、「わかってもらえない」と、深くため息をつく。
いや、ため息をつきたいのは私の方で、開腹手術からまだあんまり日は経っていなくて、自分のからだが思うようにならないのだ。
が、もう、私が帰るより仕方がないかもしれないと思った。
友人は、私の反応がイマイチなのでいやだったのか、
「あかんとなったら、すぐに冷蔵庫に入れるけど、いいね!」と言った。
おっと!
本当に死んでしまうよ、それは。
友人に「もう猫の世話はいいよ」と言って、
息子に行けるかどうか尋ねたら、「行くよ」との返事。
ようやく、ホッとした。
息子が無理なら、退院も近いことだし、外出許可を取って、私が帰るしかないと決心していたが、それはしないで済んだ。
ネコは、いつ、どうなってもおかしくない年齢だし、老衰ぶりだ。
が、まだ食欲もあるし、そんなに危ないとは思えなかった。
結局、息子がネコの無事を伝えてくれ、退院したら、いつも通りのネコがいた。
ネコの死に目に、自分が一人で遭遇することを恐れまくっていた友人は、私の退院に合わせて、とても献身的にサポートしてくれた。
他のことなら、何でもします! という健気さだった(笑)
まぁ、誰でも得意不得意はあるからな。
この友人は、別のネコが子猫の時も、
「この子、もう目がつぶれてる!!」と絶望的になっていたことがあるが、
「え? 大丈夫でしょう」と、私が濡れタオルでそっと目を拭って目ヤニを取ってやったら、ものすごくビューティフルな目をぱっちり見開いてくれたことがある。
そうだ、この手のことが苦手だったのだと改めて了解。
で、うちのネコちゃんだが、元通り、ゆっくり動いてはがつがつ食べている。
友人曰く、「あなたが帰って来て、活気が出たみたい」とのこと。
それもあるのかもしれないとも思う。
うちのネコちゃんにとって、私の存在は、安全な生存環境のことなのかもしれない。
私の存在、それは誰か(たとえばネコちゃん)の安らげる環境ということであるなら、がんばって存在していなければ、と思うのだ。
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