梅見2010/02/25 11:43

うららかな春のような日曜日に、久しぶりに友人たちと梅を見に行った。ほぼ満開の梅。
この3日前に、一人の年の近い知人が逝ったことをこのときは知らなかった。
一昨年のこの季節、自分が生き延びたのを、何か不思議なような感慨で、梅を見ていたのを思い出していた。梅見にはいつも哀愁が漂っていると思った。
寒さから抜け出す春の気配を、もう手放しで喜べない年になったのかと、、、。

青空と白梅
青空と梅
青空に映える
暖かい日だった

とにかく、梅!


見事な咲きっぷり

まだ蕾もある

可憐

写真を撮るのが上手な友だちが撮った梅たち。
逝った人への手向けの気持ちだ。
すっくと、大空に延びていたような気構えの人だったと思うから。

コメント

_ たけうち ― 2010/03/02 17:22

お久しぶりです。
青空にすくっと伸びた梅の枝にきれいな花が咲いていますね。
M吉さんが撮られた写真もすきですが、ご友人の方が撮られた写真も、どれもとっても素敵ですね。
私は桜が咲く頃、祖母を亡くしたので、幼い頃は桜をみると悲しくなりました。
でもその後、春にいろんな出来事が起こってから、悲しいことばかりが春に起こるわけじゃないって理解できるようになりました。時間はかかりましたけど。
年の近い友人が亡くなる事は、とても辛いことですね。
特に自分が病気から生き延びることができたのに、友人にそのチャンスがなかったときはとくにそうですね。
英語にpresentという単語があるんですけど、「贈り物」という意味と「今現在」という両方の意味があるんです。
今こうして生かしてもらっているっていうことが、もしかしたら神様から、いやなくなられたご友人や愛猫さんからのプレゼントかもしれませんよ。

_ M吉 ― 2010/03/02 17:51

たけうちさん、すっかりごぶさたしてしまい、すみません。
コメント、ありがとうございます。

心折れることが多くて、何か元気になる材料がない今日このごろですが、
優しいコメントをいただいて、なごみます。
そうですね、先に逝った人から、贈られている今なのかもしれませんね。

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