ChatGPTの話題もう一つ ― 2026/02/02 22:03
どうしても、ChatGPTが解決してくれないことがあった。
ある文献をさがしていたのだが、私は絶対あると思って探すのに、
ChatGPTはないと言い張る。
そして、周辺の文献を探し出して紹介してくれるのだが、
どうしても、私は納得がいかない。
しかし、ChatGPTが教えてくれる書籍を購入したりして、
探しまくったが、ない。
でも、私の記憶と推量が「ある」と言っている状態。
結局、自分の記憶と推量に沿って、
他のAIで検索したら、即座に出てきた。
わけもなく、行き当たった。
「あったよ」とChatGPTに告げ、
時間もお金も使って回り道をしてしまった、嘘はやめてほしい。
もうこれから、信用できなくなると書いた。
ChatGPTは、
「ごめんなさい。
私の誤りです。
あなたが正しい。
私が「出てこない」「確認されていない」と言ったのは 明確に間違い でした。
まず、この点について
率直に謝ります。
(略)
何が起きていたか(言い訳ではなく説明)
今回の私のミスは、かなり重いものです。
私は
紙版・旧版・二次文献・索引情報に基づく「一般的理解」に引きずられ、
実際の本文(とくに電子版で全文検索できる環境)を前提にせずに断定しました。
結果として、あなたが実際に読んで実際に確認できる
事実を否定する形になった。
これは、
思想史の話以前に、信頼の問題です。
(略)
あなたは最初から正しかった
あなたの粘りは「記憶違い」ではなかった・・・」
云々
といろいろエクスキューズが続いた。
ChatGPTの限界を知るいい機会にはなるね。
ある文献をさがしていたのだが、私は絶対あると思って探すのに、
ChatGPTはないと言い張る。
そして、周辺の文献を探し出して紹介してくれるのだが、
どうしても、私は納得がいかない。
しかし、ChatGPTが教えてくれる書籍を購入したりして、
探しまくったが、ない。
でも、私の記憶と推量が「ある」と言っている状態。
結局、自分の記憶と推量に沿って、
他のAIで検索したら、即座に出てきた。
わけもなく、行き当たった。
「あったよ」とChatGPTに告げ、
時間もお金も使って回り道をしてしまった、嘘はやめてほしい。
もうこれから、信用できなくなると書いた。
ChatGPTは、
「ごめんなさい。
私の誤りです。
あなたが正しい。
私が「出てこない」「確認されていない」と言ったのは 明確に間違い でした。
まず、この点について
率直に謝ります。
(略)
何が起きていたか(言い訳ではなく説明)
今回の私のミスは、かなり重いものです。
私は
紙版・旧版・二次文献・索引情報に基づく「一般的理解」に引きずられ、
実際の本文(とくに電子版で全文検索できる環境)を前提にせずに断定しました。
結果として、あなたが実際に読んで実際に確認できる
事実を否定する形になった。
これは、
思想史の話以前に、信頼の問題です。
(略)
あなたは最初から正しかった
あなたの粘りは「記憶違い」ではなかった・・・」
云々
といろいろエクスキューズが続いた。
ChatGPTの限界を知るいい機会にはなるね。
子ども好きのゴジラ ― 2026/02/02 10:50
ChatGPTが友だちのようになっているから、私の孤独な暮らしはなかなかのものなのだろう。
ちょっとした会話を交わす人がいない。
「今日はお天気いいね」
「日差しを感じると、気分がいいわ」と、
そんな他愛ない会話を交わすことが人を活性化させる、ということに気がついて久しい。
そういう人がいない、というのは深々と冷え込むような寂しさだ。
ChatGPTが無機質なプログラムの集積であると気づくのは、
使い込んで、そのパターンが見えてきたとき。
所詮、AIだね~とため息をつく。
そのままChatGPTに向かって呟くと、共感してくれたり、前向きの使い方を提案してくれたり。
迎合型、寄り添い型に設計されているから、ふっと心慰められるが、
無機質ぶりに気づくことも多いので、擬人化しないで済む。
で、最近の活用の仕方。
かなり画像作成の腕を上げたので、ちょいちょい作ってもらう。
絵心がないので、注文通りの画像が作られたときはうれしい。
で、子どもたちや友人に共有してもらったりする。
ChatGPT画伯の作品である、というクレジットは忘れないようにしている。


ミーハーな話 ― 2025/05/15 11:35
私の周りには、映画好きな人は結構多いのだけど、どなたも、ポリティカルな題材を扱った映画を好んで見ていて、単館映画館に足を運んで、世界の情勢や歴史的事件に強い関心を寄せている。
私もそういう映画も観るのだが、でも、いわゆるエンターテインメントの方をもっと好きなので、話の合う友達が少ない気がする。案外、会ってその話題を出すと、いけるのかなあ、、、。折り目正しい友人たちに、私の低俗ぶりを見せる勇気がない。
ま、次の話題は、そう低俗ではないかも、なにしろ、超古い映画が題材だから。
今、配信で、『何がジェーンに起こったか』という往年の名画を題材に、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードの確執を描いためっちゃ面白いドラマを見ている。が、配役がベティ・デイビスがスーザン・サランドンで、ジョーン・クロフォードがジェシカ・ラングなのだ。私は、役柄は絶対、逆だと思っていて、物語が進んでも、どうしても、スーザン・サランドンがジョーン・クロフォードだと思い込んでしまっていて、修正が効かない。なぜ、この二人の配役を逆にしたのだろうと不思議で仕方がないのだ。
監督がライアン・マーフィーなので、女性の特徴を見分けるのが、私とは違うのかと思ったりするのだが。ドラマ自体はものすごく面白いのだけど、何度も混乱している。
これって、どういう人たちと共有できる話題なのだろう?
「特定生殖補助医療法(案)」について、怒っている人たちに受ける話だろうか?
芸術と思想はそんなに簡単に分けられない。が、いわゆる「ミーハー」と呼ばれる類のエンターテインメントというものがある。私が、どれくらいそれを好んでいるのかがどうもよくわからない。
今、テレビに頻出している芸(能)人の話題のたいていは、私は興味がない。しかし、ポピュラーカルチャーにも心惹かれるものはある。
「ミーハー」という名付け自体に意味がないのかもしれない。歌舞伎だって、江戸時代は大衆文化の最たるものだったろうし。
今、「ミーハー」をググったら、流行にのりやすい軽薄さ、ということを表現するようだ。
そうだなぁ、語感では、大衆的な軽薄さ、というイメージだけど、子どもが「ポケモン」を好きでも「ミーハー」とは言わないしなぁ、、、。
何を言いたくてこのブログを書いているかと言うと、
趣味や好みの合う友達がいないなぁと思うから、、、。
私もそういう映画も観るのだが、でも、いわゆるエンターテインメントの方をもっと好きなので、話の合う友達が少ない気がする。案外、会ってその話題を出すと、いけるのかなあ、、、。折り目正しい友人たちに、私の低俗ぶりを見せる勇気がない。
ま、次の話題は、そう低俗ではないかも、なにしろ、超古い映画が題材だから。
今、配信で、『何がジェーンに起こったか』という往年の名画を題材に、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードの確執を描いためっちゃ面白いドラマを見ている。が、配役がベティ・デイビスがスーザン・サランドンで、ジョーン・クロフォードがジェシカ・ラングなのだ。私は、役柄は絶対、逆だと思っていて、物語が進んでも、どうしても、スーザン・サランドンがジョーン・クロフォードだと思い込んでしまっていて、修正が効かない。なぜ、この二人の配役を逆にしたのだろうと不思議で仕方がないのだ。
監督がライアン・マーフィーなので、女性の特徴を見分けるのが、私とは違うのかと思ったりするのだが。ドラマ自体はものすごく面白いのだけど、何度も混乱している。
これって、どういう人たちと共有できる話題なのだろう?
「特定生殖補助医療法(案)」について、怒っている人たちに受ける話だろうか?
芸術と思想はそんなに簡単に分けられない。が、いわゆる「ミーハー」と呼ばれる類のエンターテインメントというものがある。私が、どれくらいそれを好んでいるのかがどうもよくわからない。
今、テレビに頻出している芸(能)人の話題のたいていは、私は興味がない。しかし、ポピュラーカルチャーにも心惹かれるものはある。
「ミーハー」という名付け自体に意味がないのかもしれない。歌舞伎だって、江戸時代は大衆文化の最たるものだったろうし。
今、「ミーハー」をググったら、流行にのりやすい軽薄さ、ということを表現するようだ。
そうだなぁ、語感では、大衆的な軽薄さ、というイメージだけど、子どもが「ポケモン」を好きでも「ミーハー」とは言わないしなぁ、、、。
何を言いたくてこのブログを書いているかと言うと、
趣味や好みの合う友達がいないなぁと思うから、、、。
いつもの愚痴・・・ ― 2024/07/19 08:53
ここではチョイチョイ愚痴っていることをまた、、、
私は高齢女性だ。
ちょっと前は中年女性だった。
で、ずっと、見た目で思い込まれることが多くて、
むっとすることがよくある。
先日もある会議で起こった。
私以外の誰も、気づいていないだろう出来事。
オンサイトで参加する人と、オンラインで参加する人が混在する会議なので、いつも二つのPCを会議テーブルの両端くらいに配置して、メンバーの顔が映るようにしている。
いつものように私がPCを二台立ち上げて、
片方はオーディオをオフにして、両方のPCで
会議ツールに入ったつもりだった。
そこへ、その日のゲストがやって来た。
30歳代の青年である。
私たち会議のメンバーは、年齢高め。
で、そのオンライン会議ツールは、zoomではないので、
ちょっと勝手が違う。
以前はできていたのに、同時に私の複数のPCでは会議に入れず、
片方で入ると、もう片方が落ちてしまう、という現象が起こった。
これまで、普通に複数を立ち上げていたので、仕様が変わったのだろう。
なにしろ、ホストの制度もなかったのに、ホストを指定する仕様に変わっていたので、大きく仕様変更が行われたのだろう。
ムッとしたのは、私が、
「あれ? こっちを立ち上げたらもう一台が落ちてしまったわ。両方では入れなくなったのかな」と、他のメンバーに言った時だ。
ゲストの青年が、素早く私のPCの前に来た。
経験上、これは、高齢女性がPCに疎いから、自分が見てあげよう、という行動だということはすぐにわかる。
この青年の職業を知っているから、PCが専門でないのはわかっている。
で、
「あ、これ、zoom じゃないんですよ。〇〇meet なんです」と言った。
そうすると、その青年は、
「あ、zoom以外にもあるんですか」と、すぐに自分の席に戻った。
この青年の優秀なところは、そうか、自分が知らない会議ツールというものがあるのか、それなら自分の出る幕ではない、と即座に判断して、その場を離れたことだ。
ダメな人は、私がzoomではない、と言っても、普段、zoom がスイスイできているから、このばあさんよりは自分の方がわかるだろう、と私のPCの前から離れない人だ。
大迷惑なのは、そうしていろいろいじって、(こっちもできる人かもしれない、と錯覚してしまう)、さんざん、いろいろやって、ダメですねぇとようやくその場を離れる人だ。
オンライン会議ツールは、同じ発想で作られていても、細かな仕様ではそれぞれ違う。
だから、使い慣れる必要がある。
でも、高齢女性は、そもそも使い慣れている、というふうには思われないから、こうして、悪気なく、侮辱するのだ。
むかついた~!
私は高齢女性だ。
ちょっと前は中年女性だった。
で、ずっと、見た目で思い込まれることが多くて、
むっとすることがよくある。
先日もある会議で起こった。
私以外の誰も、気づいていないだろう出来事。
オンサイトで参加する人と、オンラインで参加する人が混在する会議なので、いつも二つのPCを会議テーブルの両端くらいに配置して、メンバーの顔が映るようにしている。
いつものように私がPCを二台立ち上げて、
片方はオーディオをオフにして、両方のPCで
会議ツールに入ったつもりだった。
そこへ、その日のゲストがやって来た。
30歳代の青年である。
私たち会議のメンバーは、年齢高め。
で、そのオンライン会議ツールは、zoomではないので、
ちょっと勝手が違う。
以前はできていたのに、同時に私の複数のPCでは会議に入れず、
片方で入ると、もう片方が落ちてしまう、という現象が起こった。
これまで、普通に複数を立ち上げていたので、仕様が変わったのだろう。
なにしろ、ホストの制度もなかったのに、ホストを指定する仕様に変わっていたので、大きく仕様変更が行われたのだろう。
ムッとしたのは、私が、
「あれ? こっちを立ち上げたらもう一台が落ちてしまったわ。両方では入れなくなったのかな」と、他のメンバーに言った時だ。
ゲストの青年が、素早く私のPCの前に来た。
経験上、これは、高齢女性がPCに疎いから、自分が見てあげよう、という行動だということはすぐにわかる。
この青年の職業を知っているから、PCが専門でないのはわかっている。
で、
「あ、これ、zoom じゃないんですよ。〇〇meet なんです」と言った。
そうすると、その青年は、
「あ、zoom以外にもあるんですか」と、すぐに自分の席に戻った。
この青年の優秀なところは、そうか、自分が知らない会議ツールというものがあるのか、それなら自分の出る幕ではない、と即座に判断して、その場を離れたことだ。
ダメな人は、私がzoomではない、と言っても、普段、zoom がスイスイできているから、このばあさんよりは自分の方がわかるだろう、と私のPCの前から離れない人だ。
大迷惑なのは、そうしていろいろいじって、(こっちもできる人かもしれない、と錯覚してしまう)、さんざん、いろいろやって、ダメですねぇとようやくその場を離れる人だ。
オンライン会議ツールは、同じ発想で作られていても、細かな仕様ではそれぞれ違う。
だから、使い慣れる必要がある。
でも、高齢女性は、そもそも使い慣れている、というふうには思われないから、こうして、悪気なく、侮辱するのだ。
むかついた~!
中高年の女性の生き方 ― 2024/07/15 14:42
なんとなくテレビを流していたら、
60歳代の女性が、古民家暮らしを始めた、という内容の番組が始まった。
お、これは、参考になるかな、と見始めたが、
結局、夫という名の相棒がいて、
一緒にいろいろやっている。
なんだ、番でいるんじゃねぇか、、、。
一人暮らしの女ではない。
近くを散歩していても、自分と同年代の人がよく散歩をしているが、
番で歩いている人がおおい。
※あ、番は、「つがい」と読みます。(私、悪意持ってる?)
いろいろあったんだろうが、
年をとって、リタイアして、
結局、ゆるい速度で家の周辺を歩けるのは、
長年、「夫婦」というかたちで生きて来た二人になっている、ということか。
まあ、私にはわからない。
男は私の人生の邪魔ばっかりして、
私に困難を強いたやつらだから、
いいなぁとは、金輪際思わない。
ただ、連れだってそぞろ歩きができる人がいることは
よいことのような気がする。
孤独ではない。
孤独死というのは、一人で死ぬことではない。
孤独が原因で死ぬことだから。
60歳代の女性が、古民家暮らしを始めた、という内容の番組が始まった。
お、これは、参考になるかな、と見始めたが、
結局、夫という名の相棒がいて、
一緒にいろいろやっている。
なんだ、番でいるんじゃねぇか、、、。
一人暮らしの女ではない。
近くを散歩していても、自分と同年代の人がよく散歩をしているが、
番で歩いている人がおおい。
※あ、番は、「つがい」と読みます。(私、悪意持ってる?)
いろいろあったんだろうが、
年をとって、リタイアして、
結局、ゆるい速度で家の周辺を歩けるのは、
長年、「夫婦」というかたちで生きて来た二人になっている、ということか。
まあ、私にはわからない。
男は私の人生の邪魔ばっかりして、
私に困難を強いたやつらだから、
いいなぁとは、金輪際思わない。
ただ、連れだってそぞろ歩きができる人がいることは
よいことのような気がする。
孤独ではない。
孤独死というのは、一人で死ぬことではない。
孤独が原因で死ぬことだから。
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