運動するということ2025/04/22 11:35

思想闘争は、いつの時代も厳しい。

労働闘争も、今や、弾圧を受けて、衰退の一途だ。
今の若い人は、労働者が自分の権利を守るために法で保障されている労働組合に参加して活動することなど、とてもじゃないが出来ないそうだ。
そもそも、学校でもあまり教えないような気がする。
労働三権については、教科書には記載されているだろうが、(ほんとか? 調べなければ、、、)、教員に、それを教える熱意がなければオミットされる。
学校を卒業すれば、やがて労働者として生きていくことになる生徒たちに、しっかり教えなければ、生徒たちは自分を守るすべを知らずに世の中に出ていくことになる。

昨今は、労働組合を、まるで反社会的組織のように喧伝するSNSの情報などが拡散され、それを鵜呑みにする人も多いだろう。
そうした、労働組合を貶めるSNSの書き込みは、労働組合を潰したい経営側に雇われた連中で、潰すのが目的だから、あの手この手の誹謗中傷を繰り広げる。
経営側は表に出ないで裏工作をしているので、表に出るのは争い好きの雇われている連中だ。
経営側に雇われているのは元暴力団だったりするような社会的対面など気にしない者たちなので、しかもそれで稼いでいる人たちだから、なりふりかまわない活動を展開する。
ただただ法的に認められた労働権を行使しようとするだけの組合はやられっぱなしになる。

少し前に、ようやく、
『労組と弾圧 ~関西生コン事件を考える~』というTBSのドキュメンタリー映画を見ることができた。
制作者も、制作に着手するのに時間がかかったことを吐露している。
ややこしい事件だからだ。
が、真相を暴けば、労働組合を疎んじた経営者たちの組合潰し、弱い者いじめだとよくわかる。
警察がなぜそこに加担したのか、そのからくりまで暴いてほしいが、そこはまだわかりにくい。が、今、不当拘束され、起訴されていた組合員の無罪判決が相次いでいるので、
日本にもまだ良心があるのだとホッとする。
組合が大きくなり力を持つようになったために、潰しにかかられたのは、フェミニズムが少数の尖った女性たちの運動に見えていた時は目こぼしされていたのに、法律ができて、主張できる女性が増えてくると、途端にバックラッシュが起こって、潰しにかかられたのと同じだ。

非力だった者が力を持ち始めると、支配権力は潰しにかかる。
非力だった者は、対等な位置を獲得して対話を求め、不当な不利益の改善を求めるだけの意図を持っているのだが、支配権力はそもそも「対等」なんか嫌いなのだ。
支配して従わせたいのだ。
だから、弱かった者が力を持ち始めると、何とか押さえ込もうとする構図は、ずっと繰り返されてきた。

労働問題もそうだし、
ジェンダー問題もそうだし、
抑圧されていた側が元気になると、その元気を奪い取ろうとする許しがたい連中がずっと権力を保持し続けるのをどうすればよいのか。

私の周りにも、
様々な抑圧があり、怒りがあり、
果ては、同じ側に居たはずの者だちの対立が、支配側の奸計によって作られて、弱い者同士で争いが起こる。
今は暴力的な一方的な弾圧だけでなく、思想の違いだけでなく、奸佞邪智が横行して、運動体内部が対立して弱体化してしまう時代だ。

厳しいね。生きるって、ほんとうに厳しいね。

寄ってたかって、、、2020/09/03 14:11

私は見たことがないのだが、
『半沢直樹』というドラマ(これがタイトルだっけ?)が人気があるそうだ。
組織の悪い奴らと闘うらしい、と想像している。

見る気がしないのは、
ドラマって、悪役がはっきりしていて、わかりやすい物が多いので、
「いいよねぇ~、そんなに悪い奴がはっきりわかるのなら、闘うべき相手がよく見えていいじゃないか」という、
私の拗ねた悲哀が増すような感じがするから。
よけい、気分が暗くなるような気がするから。

私の心をずたずたにした過去の出来事は、
(いや、心だけでなく、からだもズタボロになった)
そんなわかりやすい悪人はいない。
寄ってたかって嬲り殺された気分だ。
しかし、この「寄ってたかって」というのは、一人ずつは大罪を犯しているわけではないし、本人にも罪悪感はない。
私は、経験上、これほどたちの悪いものはないのではないかと思っている。

扇動した人はいるだろうが、それだって、「扇動」した意識はないだろう。
ひそかに誰かが、ある人についてネガティブなことをささやく、そして、それが現状に何か不足を感じている集団にじわりと広がる。
それが既定事実となり、ターゲットになった人が容赦なく攻撃を受ける。
集団の力動のこわさだ。

敵を定めるのは難しい。

以前、友人のFが、組織の中で、「小突き回された」と表現した。
私は、何が起こったかを見ている。
「小突き回した」一人は代表責任者で、Fの処遇について役員たちに相談したのだ。
Fは事務上の統括責任者だったが、小さい組織で、一人で回しているような状況だった。
Fは、お盆休みを取りたいということを言い、それについて就業規則にないのでどうしようかという相談をして来た。
すべて、メールでのやりとりだ。
役員たちは、
「有休を取る権利があるのは、当然でしょ」
「そんなことも、今まで放置してたのですか」
と、なかなか手厳しいメールを返してきた。
まるで、F自身に責任があるというように読めてしまう口調だ。
組織の代表責任者も、批判めいたメールをFに送っていた。
この組織は、NPOの経験のなかった人たちが立ち上げたものだ。
立ち上げから書類仕事一切合切を引き受けて、日々の事務も一人で回していたFは、たった一人有給の被雇用者だった。
滅私奉公というような働き方で、心身の疲労が目立っていた。

が、現場にいない役員たちは、無責任で口だけは偉そうだ。
それで、就業規則の不備を、あたかもFの責任のような口ぶりで偉そうなメールを書いてくる。
役員は、私も同様、設立の概要が決まってから請われて就任した者ばかりだから、設立当初の経緯は知らない。
代表責任者も、自分の責任とされるのは不本意だったせいか、Fを批判するようなメールを出したのだ。


Fの困惑に同情し、就業規則を読み直した。
すると、就業規則には、その責任者は、規則に定めていない事項について、代表者に判断を仰ぎ、実行すること、とあった。
なんだ、それだけの手続きだ。
Fはよほど、疲労困憊して、このことにも気づかなかったのか、
あるいは代表責任者に、お盆休みについてメールを出したとき、そのメール文を代表責任者が誤読したのか、、、。
もしくは、代表責任者が、一人で判断するのが負担で、他の役員に打診したのか。

とにかく、役員たちは、口々に批判めいたメールを送ってきたのだ。
まずい雰囲気になっていると思って、
「代表者に具申し、許可を得ればそれでよいと思います」と、
一言、私の方からメールを送ったら、それで止まった。
Fはあらためて、お盆休みを取りたいと代表責任者に申し出、代表責任者は許可を出した。
ただ、それだけのことだった。

役員たちもどうかとは思う。
プライベートタイムのおしゃべりとは違うのだから、ビジネスライクにやればいいのに、なぜか、ワイワイとうるさい。

その出来事を、Fは私と直に話をしたとき、「みなに小突き回された」と表現した。
わからなくはない。
Fにすれば、そうとしか言えない状況だったのだろう。
が、誰もFを小突いた意識はない。
書類上の不備を指摘しただけなのだ、、、。

私も一度、この組織で、全体の雰囲気がやばい方向に行きそうだったので、異なる意見を役員メールで投げたら、
やはり役員たちから、説教くさいメールが次から次に送られて来た。
もううんざりして、「わかりました」と、一言だけ、返事をしたことがある。
たった一言、「わかりました」だったので、
後で直接会った役員の一人が、
「あのメールで怒ってる?」と聞いてきた。
「まぁ、いやだったけど」と答えたら、
「深夜のメールはよくないね。つい、自分の意見に酔って演説口調になってしまう」と言った。
こういう会話が後でついてくると、一時の不快さはとりあえず解消される。
しかし、Fは、説教好きな役員たちからどんどん距離を置き、離れて行った。
こうなると、修復は難しい。

一人ずつのメールは、そんなにひどくないかもしれない。
まぁ、いささか手厳しい感じではあったが、
受け取った方が丈夫な時なら、立ち直れたかも。
が、心身ともに弱っているときにメールで諫められ、
しかも、複数の役員たちから矢継ぎ早に諫めるメールが送られてきたら、
小突き回された、としか思えなかったのだろう。

寄ってたかって、というのは罪悪感が薄いから、
やられた方のダメージは大きいが、
やった方は、無傷だったりする。

私にとって、痛手がまだ尾を引いているので、
まだこだわっていることだ。
どこかで、きちんと課題として出さなければと思っている。
なぜなら、明らかな「悪」はわかりやすいが、
加害者のいない被害は、ほんとうにわかりにくく、
リベンジするにも、どこで誰に向かえばいいのか。
回復の機会さえ得にくいのだ。

責任というやつ2020/04/21 13:48

まだ比較的若い頃は、
取るべき責任はとり、取れない責任はとれない、という、
とてもシンプルな考え方をしていた。

まだ、重い責任が自分にかかってこなかった頃。

が、ある職場で、思い知った。
いや、もっと早くに思い知るべきだったのだが、
なにしろ、おニブの私、
「責任」という名の武器で直撃され、
満身創痍で、やっと知った。

いろいろな人が、自分に「責任」が来ないように、
いかに神経をとがらせているかを。
「責任」を取るべき立場になると、うまくいかない理由の責任を全部、取らされる。
システムの不具合であろうが、
とっくに逃げちゃった前任者の不手際だろうが、
時には、コントロール不能な「天候」が原因であっても。

ある日、突然、恭しく迎えられて、玉座に座らされることがあれば、
それは人身御供に選ばれたのだと思った方がいい。
詰め腹を切らされるのは、すぐだ。

理由は、「責任」だ。
昔の「責任者、出て来い!」というセリフは、本当の権力者を相手にしていたことが多いが、
今は、詰め腹を切らせる誰かを探している。
〇〇長と名付けられた中間管理職、
名ばかり社長、
権限のない責任者だ。

権限は持たせずに、責任だけを取らせる。
誰が本当に、それを画策しているのか。

ドラマのように、わかりやすい悪人がいるわけではない。
現実は、とても複雑だ。
一人の人間が企んだ陰謀であるわけではなく、
有象無象の人間が、
自分に「責任」が来ないように小さな画策を続ける日々だ。
だから、自分の責任だと自覚しにくい構造にもなっている。

誰が責任を取るのか、
ではなく、
誰に責任を負わせるのか、
ということに関心が向いている。

だから、
「自己責任」ということばが便利良く使われたりもする。
権力もない、いかなる権限もない人は、
「自己責任」を負わねばならない。
貧しいのも、職がないのも、生き甲斐がないのも、辛いのも
全部、自己責任だ。

「問責」の時代だ。
何でもかでも自分以外の誰かのせいにしたいのだ。

実は、そのことが、一番、解決から遠いのだけど。

それは、意見ではなく恫喝です2020/03/25 10:33

関わっている団体の会議。

連絡もなく会議に現れなかったOさん、
後半になって、やって来た。
で、座ったとたんに発言を始めたが、
ん? ろれつが怪しい。
誰もが気づいていたと思うが、誰も何も言わない。
で、きつい口調で主張を始めるが、
くどくどとおかしいことも混じる。
この人、たまにきつい口調で反対意見や質問を封じ込めてしまう。
私は時々、めげずに(本当は怖いけど)質問をするが、
内心は、この人、苦手やなぁと思ってしまう。
で、御大も、この人が噛みつくようにものを言うときは、黙ってしまう。

先日の会議ではこの人は明らかにおかしかった。
会議の前に、その人の所属する組織の集まりがあって、たぶん、その時にかなりお酒を飲んで来たのだろう、というのは想像がつく。
この人は、酒癖が悪くて、
酔うとしつこくなって機嫌が悪くなって、はた迷惑な人なのだ。
遅れてきたのに、
やたらとうるさく喋りまくり、しかもしつこく、批判しまくる。
とうとう、御大が「うるさい!」と一喝。
すると、Oさん、今度は、切れまくった。

私はあっけにとられた状態で、もう、何も言えない。
もう一人の御大も沈黙し、一番若手も絶句。

で、突然、Oさんが、バンっと立ち上がった。
ぶち切れて帰ってくれるのかと思ったが、荷物はそのまま。
議事を進行しようとすると、
若い人が、
「いらっしゃらない間に進めたら、また怒らはるんじゃないですか」と言い出した。
そして、「うるさい」と一喝した御大に、
「ここは、謝ってください、私がとりなしますから」と言う。
「そうやな」と御大。
やがて、荒々しく戻って来たその人に、
御大が穏やかに何度か謝り、
「ほら、謝っておられるから、ここは受け入れてあげて」と若い人。

で、Oさんはだんだんほぐれていって、最後は笑顔にすらなっていた。

え、偉いなぁ。
まぁ、若い人とは言え、50歳くらいだと思うから、そういうタイプの人もいるのだろうが。
その場をとりなすなんて、私にはできない。
偉いなあと思いながら、
実は、私は、嫌悪感と怒りを低めに抑えているだけ。
解決策など思いつかない。

無理だ。
私には無理だ。
連絡もなく遅れてやって来て、
怒気を含んだ発言をいやというほどおこなって、
場を白けさせ、緊張を生み、雰囲気を悪くする人の機嫌をとるなど、
真っ平だ。

そういう人を一喝した御大が、
謝ることにも納得がいかない。
謝るのは相手の方だ。

その場をとりなしてくれた人は、偉い人だなとは思うのだけど、
私も修行を積んでそのようになりましょう、とは、金輪際思わない。

そういう理不尽を飲み込める人は偉いのだろうけど、
私はいやなのだ。

Oさんは会議に酔っぱらって乱入して、
その場にいた者を恫喝した。
意見でもなければ、意思表明でもない、
暴力的な恫喝以外のなにものでもない。

これまで、団体の意義を感じて、
かなり不快なことも我慢して参加していたが、
このようなことが起こるのなら、
意義も愛も、感じられなくなるなぁ。

行政パーソンの仕事ぶりをまた考える2020/03/10 09:49

昨日の、自分の書いた愚痴を読み直して考えた。

パワハラ上司、というのがいる。
指示命令系統からいくと、明らかに力関係が上だ。
だから、指示を出すにも指導をするにも、気を遣う。

が、ここまで部下の仕事ぶりがまずいと、
怒りたくもなるだろうな、と思った。
本当に、能力がないのなら、仕方がない。
何か欠陥をかかえているのなら、それなりの対応があるし、
適材適所ということがある。
しかし、文書づくりは、本来、事務職員が最も得意とするところだろう。

ここまでレベルの低いのは初めてだ。

そうなると、どう見えるかと言うと、
やる気がない、というように見える。
仕事をなめているか、全くやる気がなくておざなりになっているか、
本当に無礼な態度に見える。
「俺をなめてるのか!」と、
おじさんの上司が切れるのは、こういう時かもしれないと思った。

ほんとに、今回の職員には切れそうになる。
しかし、会った時の態度を思い出すと、
とても丁寧で、礼儀正しい。
私が、打ち合わせを終えて、立ち上がったり、コートを着たり、マスクをしたりして、重装備で出ていくのを、
気がつけば後ろで待っていてくれて、
とても丁寧に見送ってくれた。
やっぱり、無礼なのとは違うのだろうな。

この人、ホテルマンとかになったら、すごくいいのに、
この仕事に向いているのかな、、、、。
それとも、もう一つの疑惑。
上司に萎縮している?

わからん、その場に居合わせないところでの人間関係なんて、
複雑でわからん。
私としては、あんまり世話をやかさないで、いい仕事をしてほしいのよ。
それなら、本当に、心から応援して、身を入れてサポートするよ。