息子という他者 ― 2025/09/28 11:36
息子が、3年前の交通事故後の手術のあと、だいぶん、回復していたのだが、あまりにも複雑な骨盤の修復施術であったために、関節が痛んでいて(それは手術後の医師の説明でも予測されてはいたのだけど)、とうとう人工関節に置換する手術を受けることになった。
以前の入院は事故現場が長崎であったため、長崎の病院だったが、今回は、家から通える距離の総合病院である。コロナの影響もほとんどなくなり、面会も楽になった。
それで、改めて、息子という関係性の他者との出会いにいろいろ思うことが増えた。
50歳代前半の「おじさん」になっている息子との心理的距離は近くはないが、政治的な思想などは、そんなに違わない。
トランプのむちゃくちゃぶりや、参政党の移民排斥の言説など、彼も同じように批判的に見ているので、話していてもストレスは少ない。
さらに、3年前からのにわか障害者の生活を通して、街のつくりが、いかに健常者仕様であったかを痛感することが多いらしく、今の状況を、「学ぶ」機会として受け容れていることも、わたし的には賛同できる姿勢だ。
が、やっぱり、理解が難しいところもある。特に、彼は私の思いや状況については、表面的な理解しかしていないなと、よく思う。彼の父親もそうであったように、「女性」の立場には興味が薄く、私が機嫌良く見えていればそれでよし、とする無関心さではある。
男性にとっても、生きがたい社会であるので、それ以上に、自分を置いておいて気を配らねばならない存在は、できればいないに越したことはない。
子どもを産んだ「女性」にとっては、自分のこと以上に気を配り、安全を保ち、絶えず庇護しないといけない「子ども」という存在がデフォルトだった。
わかりやすく言えば、(わかりやすいのかな?)、自分の顔が痒くても子どもを両手で支えないといけない状況では掻いたりできない。
痛くても苦しくても、まずは「子ども」の安全確保だ。
自分のことは後回し、というのが常態だ。
息子はそういう経験は、おそらくしていないのだろう。
職種によってはあり得るが、「仕事」で自分以外の人に配慮するのと、「日常生活」で四六時中、自分以上に他者に配慮するのとは、やっぱり違う気がする。
日常生活では、インターバルはないからね。
私への共感度で言えば、娘の方が遙かに高い気がする。
彼女は子どもを産んでいないが、それでも、共感度の高い人だ。
高すぎて心配になるくらい、気を配ってくれる。
これって、ジェンダーかな?
母と息子、という関係性にある他者との出会いを、今、日々、感じている。
子ども時代だけではなく、彼は,生まれてから今日に至るまで、「男」として社会化されてきている。
「男」たちと、「男」社会で、仕事をしてきている。
大人になっても、社会化は続く感じがする。
以前の入院は事故現場が長崎であったため、長崎の病院だったが、今回は、家から通える距離の総合病院である。コロナの影響もほとんどなくなり、面会も楽になった。
それで、改めて、息子という関係性の他者との出会いにいろいろ思うことが増えた。
50歳代前半の「おじさん」になっている息子との心理的距離は近くはないが、政治的な思想などは、そんなに違わない。
トランプのむちゃくちゃぶりや、参政党の移民排斥の言説など、彼も同じように批判的に見ているので、話していてもストレスは少ない。
さらに、3年前からのにわか障害者の生活を通して、街のつくりが、いかに健常者仕様であったかを痛感することが多いらしく、今の状況を、「学ぶ」機会として受け容れていることも、わたし的には賛同できる姿勢だ。
が、やっぱり、理解が難しいところもある。特に、彼は私の思いや状況については、表面的な理解しかしていないなと、よく思う。彼の父親もそうであったように、「女性」の立場には興味が薄く、私が機嫌良く見えていればそれでよし、とする無関心さではある。
男性にとっても、生きがたい社会であるので、それ以上に、自分を置いておいて気を配らねばならない存在は、できればいないに越したことはない。
子どもを産んだ「女性」にとっては、自分のこと以上に気を配り、安全を保ち、絶えず庇護しないといけない「子ども」という存在がデフォルトだった。
わかりやすく言えば、(わかりやすいのかな?)、自分の顔が痒くても子どもを両手で支えないといけない状況では掻いたりできない。
痛くても苦しくても、まずは「子ども」の安全確保だ。
自分のことは後回し、というのが常態だ。
息子はそういう経験は、おそらくしていないのだろう。
職種によってはあり得るが、「仕事」で自分以外の人に配慮するのと、「日常生活」で四六時中、自分以上に他者に配慮するのとは、やっぱり違う気がする。
日常生活では、インターバルはないからね。
私への共感度で言えば、娘の方が遙かに高い気がする。
彼女は子どもを産んでいないが、それでも、共感度の高い人だ。
高すぎて心配になるくらい、気を配ってくれる。
これって、ジェンダーかな?
母と息子、という関係性にある他者との出会いを、今、日々、感じている。
子ども時代だけではなく、彼は,生まれてから今日に至るまで、「男」として社会化されてきている。
「男」たちと、「男」社会で、仕事をしてきている。
大人になっても、社会化は続く感じがする。
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