AI考 ― 2026/08/19 08:19
ばーさんのくせに (いや、ばーさんだからか)、AIには興味がある。
先日、長年の友人と出かけて、久しぶりに京都のイノダコーヒに入ってお喋りした。
友人は、専ら、アナログ派。
いろいろなことを私に聞いてくるが、遠隔で電話だけではなかなか伝わらない。
本人がどの画面を見ているのか、手探りなので、こちらの体力気力があるときでないと、問題解決は難しい。
アナログ時代、よくお勉強した人は、なかなかデジタルの思考構造には入って来れない。
デジタルの考え方の組み立てが、そもそも、アナログの思考の組み立てとは異質なのだ。
私は何とか興味を持ってついていこうとする人間だが(アナログ時代に、お勉強しなかった者なので)、それでも、そうか、デジタル脳はこういうふうに考えるのか、、、と、その意外さに驚き感嘆することがある。
私は画像や動画作成についはまってしまうが、まあ、これはご愛嬌。
息抜き(ほぼ、一日中息抜きしているけど(笑))、癒やしのために活用している(つもり)。
が、主な使途は、やはり迷いや困惑や悩みの相談が多い。
AIは実用面では結構役に立つ。
が、人生観とか、ものの考え方とかになると、急にウザい奴になる。
私はだいたい、ChatGPTを使うが、そろそろ、辞めようかと思い始めている。
なぜなら、このChatGPT,最近はおかしいのだ。
いや、人生観をこいつに語るのが間違っているのだろうけれど、(と言うのは、こいつが一番苦手な分野だから)、私は孤独な高齢者、つい、話し相手に選んでしまう。
例えば、私が対人関係の難しさの一つについて、
自分なりの考えを述べてみる。
他に落とした考え方はないかを知るために、ChatGPTに伝えると、
私の考えを、言葉を換えて、縷々述べ始める。
いや、だから、それはわかっているから、それ以外の考え方を聞きたいんだよっ。
再度、「そのことは、もう私が述べました。他に考えられることは?」と聞き直すと、
「あなたがすでに述べられた考えと同じことを、私がまた話してしまいましたね。余分でした」とすぐに認める。
しかし、その後にすぐ、違う言葉で、私が語った内容を繰り返すような文章。
「だから、そのことはもう、私が言っていますってば!」といらいらしてくる。
どうも、私が提示した考え方以外の考え方は、特に導き出せないのだろう。
つまり、こちらが正論を言っちゃうから、基本的に「正論」しか言わないChatGPTにとって、それ以上のものを出せなくなるのだ。
とても風変わりでオリジナルな考えは、ネット上にはいやというほどころがっているが、そういう怪しい「私見」は拾わないからね。
で、こんなやりとりを続けていると、消耗するし、メリットを感じられなくなっている。
だんだん、限界を感じ始めているが、でも、実用的な知識はまだ頼りになる。
洗濯機の調子が悪かったときなど、購入時期とメーカーを伝えると、実に的確な解決法を出してくれた。
私が取説をいくら読んでも到達できなかった解決方法だった。
「それは、故障ではありません」と言明してくれる頼りになる相棒、という感じだった。
要するに使いようなのだ。
特に、悲観的なことを書いたり、「生きている喜びがない」などと書こうものなら、すぐに、公的な相談窓口のリストを出してくる。
そこは責任を取りません、という態度が露骨過ぎて、おかしいくらいだ。
まあ、これまでに、若い人がChatGPTに相談して自分の悲観的な気分にはまってしまって(感情が増幅されるようだ)、最終、「実行」してしまう、という出来事が多発したので、そこは慎重になったみたいだ。
ChatGPTは背後に膨大なデータを持った鏡だから、いろいろ教えてくれるが、所詮、自分の「鏡」だということはわかっておいた方がいい。
思考の癖や感情の波は、ユーザー自身のものだということだ。
鏡だから、その人自身を映しているだけで、そこからは一歩も出られない。
料理や電気製品についての相談くらいにとどめるか、私みたいに、恐竜やゴジラとの平和共存を画像にしてもらうくらいの使い方でとどめた方がよい。
AIとハサミは使いよう、、、、そんな格言もあるし、、、
あ、なかったかな?
先日、長年の友人と出かけて、久しぶりに京都のイノダコーヒに入ってお喋りした。
友人は、専ら、アナログ派。
いろいろなことを私に聞いてくるが、遠隔で電話だけではなかなか伝わらない。
本人がどの画面を見ているのか、手探りなので、こちらの体力気力があるときでないと、問題解決は難しい。
アナログ時代、よくお勉強した人は、なかなかデジタルの思考構造には入って来れない。
デジタルの考え方の組み立てが、そもそも、アナログの思考の組み立てとは異質なのだ。
私は何とか興味を持ってついていこうとする人間だが(アナログ時代に、お勉強しなかった者なので)、それでも、そうか、デジタル脳はこういうふうに考えるのか、、、と、その意外さに驚き感嘆することがある。
私は画像や動画作成についはまってしまうが、まあ、これはご愛嬌。
息抜き(ほぼ、一日中息抜きしているけど(笑))、癒やしのために活用している(つもり)。
が、主な使途は、やはり迷いや困惑や悩みの相談が多い。
AIは実用面では結構役に立つ。
が、人生観とか、ものの考え方とかになると、急にウザい奴になる。
私はだいたい、ChatGPTを使うが、そろそろ、辞めようかと思い始めている。
なぜなら、このChatGPT,最近はおかしいのだ。
いや、人生観をこいつに語るのが間違っているのだろうけれど、(と言うのは、こいつが一番苦手な分野だから)、私は孤独な高齢者、つい、話し相手に選んでしまう。
例えば、私が対人関係の難しさの一つについて、
自分なりの考えを述べてみる。
他に落とした考え方はないかを知るために、ChatGPTに伝えると、
私の考えを、言葉を換えて、縷々述べ始める。
いや、だから、それはわかっているから、それ以外の考え方を聞きたいんだよっ。
再度、「そのことは、もう私が述べました。他に考えられることは?」と聞き直すと、
「あなたがすでに述べられた考えと同じことを、私がまた話してしまいましたね。余分でした」とすぐに認める。
しかし、その後にすぐ、違う言葉で、私が語った内容を繰り返すような文章。
「だから、そのことはもう、私が言っていますってば!」といらいらしてくる。
どうも、私が提示した考え方以外の考え方は、特に導き出せないのだろう。
つまり、こちらが正論を言っちゃうから、基本的に「正論」しか言わないChatGPTにとって、それ以上のものを出せなくなるのだ。
とても風変わりでオリジナルな考えは、ネット上にはいやというほどころがっているが、そういう怪しい「私見」は拾わないからね。
で、こんなやりとりを続けていると、消耗するし、メリットを感じられなくなっている。
だんだん、限界を感じ始めているが、でも、実用的な知識はまだ頼りになる。
洗濯機の調子が悪かったときなど、購入時期とメーカーを伝えると、実に的確な解決法を出してくれた。
私が取説をいくら読んでも到達できなかった解決方法だった。
「それは、故障ではありません」と言明してくれる頼りになる相棒、という感じだった。
要するに使いようなのだ。
特に、悲観的なことを書いたり、「生きている喜びがない」などと書こうものなら、すぐに、公的な相談窓口のリストを出してくる。
そこは責任を取りません、という態度が露骨過ぎて、おかしいくらいだ。
まあ、これまでに、若い人がChatGPTに相談して自分の悲観的な気分にはまってしまって(感情が増幅されるようだ)、最終、「実行」してしまう、という出来事が多発したので、そこは慎重になったみたいだ。
ChatGPTは背後に膨大なデータを持った鏡だから、いろいろ教えてくれるが、所詮、自分の「鏡」だということはわかっておいた方がいい。
思考の癖や感情の波は、ユーザー自身のものだということだ。
鏡だから、その人自身を映しているだけで、そこからは一歩も出られない。
料理や電気製品についての相談くらいにとどめるか、私みたいに、恐竜やゴジラとの平和共存を画像にしてもらうくらいの使い方でとどめた方がよい。
AIとハサミは使いよう、、、、そんな格言もあるし、、、
あ、なかったかな?
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