長く生き過ぎた・・・2017/08/26 10:16

80歳をいくつか過ぎた頃、
母が時々、「長く生き過ぎた」と言っていました。

今、同じ言葉を、ふとつぶやいてしまう私。
母の現役観と、私の現役観は風景が違います。
母は夫と一緒に過ごして、夫の食事を作っている間は、
現役観が持続していたでしょう。
でも、夫が逝き、
娘や孫といっしょに遊びに行っていた頃は、
現役を過ぎた後のおまけの時期だったかもしれません。
でも、楽しかったのでしょう、いつも「幸せ」と言っていました。

が、息子が超多忙な仕事に就き、
娘も遠方に転居し、
自分自身もだんだん一人で外出する馬力がなくなってきて、
貯えも少なくなってきて、
いよいよ、人生の良い時期が過ぎたと感じたかもしれません。
で、「長く生き過ぎた」と。

私は、まだ細々と現職。いえ、今や、ご隠居さん仕事。
でも、昨日のような行政の会議に出れば、
集中力が全開して、テンションが上がります。

会長がコーディネートをしてくれて、私が行政資料について、
他の委員さんの指摘や質問が出た後、
さらに課題提起などします。
これはなかなか良い役割分担ではないか、と思えました。

久しぶりに会議に出て行って、
実は何も考えていなかったので、
最初の挨拶も行き当たりばったりでうまいとはとても言えないのですが、
後半、調子が出て来て、飛ばしたゾ!(笑)

こういう機会が以前は、頻繁にあったのに、
(あり過ぎると、また、疲れてよれよれになるけど、、、)
今はたまにある感じです。
でも、こういう機会を、何とか自分でも工夫して増やしていかないと、
「長く生き過ぎた」感が沸き起こり、哀愁が漂ってしまうのです。

コメント

_ つゆ ― 2017/08/26 15:04

嘘でもいいから、生きがいと思えることがあれば、いいけれど、
年取れば、売るものがなくなるから、辛い。
結局は、「孤独」というものに蝕ままれていくのでしょう。
現在のシニアは、それだけで差別を受けているし、若い者のお荷物になってはいけないと思いこまされている……別に自分は悪くない、ただ年を取っただけ。

とは言うものの、長く生き過ぎたと、1日に何度も思います、

_ M吉 ― 2017/08/26 21:45

ほんとに、年寄りが自分の尊厳を保てない、、、
そんな感じですね。

つゆさんも、一日に何度も・・・
そうなんですか・・・
そう思ってしまう状況って、、、、あ~、ため息ばかり・・・

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