茅ヶ崎の、、、2012/07/03 18:29

 土曜日に、神奈川県にある某大学で学会があって、行って来ました。今回は、あるセッションのコメンテーターということで、招待者です。
 行ったことのない場所なので、乗換案内を見ていましたら、名古屋を経由して小田原で乗り換えて、というような行ったことのないルート。小田原といえば、提灯しかイメージのない私は、そんなところに新幹線停まるのぉ~という感じで、その早くて安いルートを捨てて、横浜経由で行きました。我ながら、愚かな選択でした。(汗)

 でも茅ヶ崎のその大学に着いたら、草いきれがむっと匂い立ち、緑がきれいで、思わず、携帯で写真を。まぁ、写っているのを見れば、どこにでもある風景なんですけど、、、。




 肝心のセッションの方は、私は新しく迎え入れられたメンバーなのですが、手違いでMLに入っていなくて、結局、現地に着くまで、発表者の原稿やその他の連絡事項を共有しないままになってしまいました。直前にばたばたと原稿を読んだり、自分の念のために作っておいたレジュメをコピーしたりと、忙しかったのですが、まぁ、それなりに刺激的ではありました。
 この頃、集中力がなく、一つのテーマに長時間向き合えない困った頭になってしまって、多動ぶりが増すばかりです。




週末の過ごし方2012/07/08 20:52

 私のウィークデーは、週に2日の仕事と、間に84歳の母のランチ&ショッピングのお供を中心にまわっています。後、参加している団体や組織の会合や学習会などが不定期に入ります。もちろん、授業の準備もします。特に、新しいことを教えたい、という欲求がむくむくと沸いてくると、調べ物に余念がなくなります。最近は、新しい事象については、政府サイトなどで最新情報を取得します。特に法の改正などは、もう、ネット検索が欠かせません。
 と言うように、平日は過ぎていきます。夜などは、友人とたまにご飯を食べに行ったりもします。

 週末は、よく泊まりがけで遊びに来る親しい友だちがいて、この人とは、分析癖、解釈癖みたいなところが似ていて、とにかく時代状況や事象の解釈をネタに、延々とおしゃべりしています。また、関わっているプロジェクトの打ち合わせや原稿書きなどに費やすことも多々あります。

 昨日の土曜日は、ちょっといつもと違う週末でした。某SNSのオフ会に行って来ました。
 私は、同じ業界の人とのつきあいしかないので、異業種交流に興味があって、参加させていただきました。シニア世代の集まりですが、皆さんのエネルギッシュなこと、ほんとうにびっくり。
 お酒が入ると、手拍子つきの歌も始まって、絵に描いたような宴会風景。これって、団塊以降の飲み会では見られない光景。いやぁ、面白い!

 世代論だけでかたづけてはいけないのですが、でも、社会背景と人々の行動パターンを結びつけたくなる癖があって、興味津々でした。後のカラオケはパスさせていただきましたが、きっと歌われる歌にも世代の特徴があって、さぞ、興味深い光景が展開したことでしょう。その歌に寄せられる心性を知りたいです。

ジェンダーレスなブログ2012/07/09 10:00

 当初、ジェンダーレスなブログを目指してみました。どれくらい成功するか、特に強くそれを貫くつもりはなかったのですが、やってみよう、、、と思いました。が、すぐに挫折しました。私自身は、過剰に「女性」を表現するタイプではなく、「女らしく」しようなどとは思わないのですが、でもジェンダーは私の人生に織り込まれているのですね。暮らし方も人生の歩みも、交友関係も、ジェンダーにニュートラルな表現なんて不可能だということを、今更ながら痛感しました。

 ハンドルネームでは、よく男性と間違えられます。文体でも、「である」体で書いていると、男性と思いこまれることがあります。でも、私の人生は、好むと好まざるとに関わらず、ジェンダーに貫かれているのでした。
 
 う~ん、ちょっと初心に返っています。

正しく生きる2012/07/12 09:36

 同年代の人たちがどのようなことを考えているのか知りたくなることがあります。特に女性たちと話したくなります。同業の人とは交流があるのですが、そうでない人たちがどのようなことを考え、願い、生きているのか無性に知りたくなるのです。

 過去、私の人間観に大きな転換が何度かありました。もちろん、大病につながるような事件もありましたが、それとは別に、私と話をした当の本人も覚えていないような日常の会話が、大転換を起こしたこともあります。

 それは、もういい年になってからのことなので、甚だ恥ずかしいのですが、私は、ある時点まで、人というものは、「正しく生きる」ということが人生の目標だと思っていたのです。この社会で「正義を実現」するために、人々は生きていると思っていたのです。

 様々な矛盾があり、差別があり、不幸を生み出す社会を、どのように改善していくのか、誰もがそのことを毎日考えて生きていると思いこんでいたのです。

 それなのに、そうではないように見える振る舞いをする人が結構たくさんいるように見えて、それが謎でした。

 で、親しい友人と話していて、自分が謎だと思っていることを口に出したのです。で、私の疑問の意味がしばらく理解できなかった友人は、やりとりを続けるうちに理解したようで、的確にこう言ってくれました。
「正義を実現するために、人は生きているわけではないよ」と。
「え? そうしたら、人は何のために生きているの?」私は驚いて尋ねました。他に人生の目的って、思いつかなかったのです。
「たとえば、マイホームを手に入れる、とかね」と、友人はさらりと言いました。

「あ!」という感じです。
言われてみれば、そのような目標をかかげている人たちのことを見聞きした経験があります。
「あ~!」という感じでした。

いえいえ、私自身、立派なことなど何一つできていないのですよ。
でも、子ども時代から苦悩が深い子どもだったので、その苦悩に呻吟しながら、「誰もが生きやすい社会とは何か?」というのが、私の人生を貫通するテーマだったのです。
で、他の人もそういうテーマをかかげて生きているのだと、なぜか思いこんでいたのでした。また、私の交友関係は、そのような人が多いので、よもや自分が少数派だとは思わなかったのです。

私の目を開かせてくれた友人は、こういう点では、境界にいるようなところがあって、時折、「あ~!」と、私の気づきを導いてくれます。
境界に身を置くというのは辛いものですが、どちらの価値観も相対化できてよく見えるところがあります。

こういうのを「世間知らず」と言うのかもしれません。
私の父も、正しく生きる、ということを人生のモットーとしている人だったので、そんなふうに感じたのかもしれません。でも、だからと言って、特別立派なことをしていたわけではなく、フツーのおじさんの暮らしをしていただけなのですけれどね、、、、。
まぁ、私もそういうフツーのおばさんの一人なのですが、そういう自己イメージを語ると、たいてい、「フツーじゃないよ、おかしいよ」と言ってくれるのが、先の有り難い友人です。
でも、ここだけの話、この友人もたいがい変わり者です。(^^)

部屋のかたづけ2012/07/23 10:34

 部屋をかたづけないといけない事情が出来ました。それで、昨日は、娘といっしょに、亡夫の服を整理しました。亡くなって以来、ずっと、そのままにしていた彼の洋服類、書籍類、、、ずっと何もなかったかのようにそのままにしていたのでした。パソコンは、彼が亡くなった日に突然、彼の意志のように起動しなくなりましたが、大きな筐体ごと全部、残していました。

 夏休みの間にかたづける予定なのですが、こういうことでもないと、きっと何十年でもそのままにしていたことでしょう。
 娘が所用で出掛けた間に、彼の洋服類を袋に入れていると、えもいわれぬ悲しい気持ちがこみ上げてきて、声を上げて泣いてしまいました。

 百科事典などはもう使い物にならないのだから捨てればいいのだとわかっていたのですが、私たちが若くて貧乏だった頃、全巻買いそろえた大きな買い物だったので、なかなか決心がつきませんでした。でも百科事典は当時の流行なので、今となっては本当に役に立たないので、捨てました。でも、他に、全巻揃った辞典類が数種あるのですが、どちらかと言うと稀覯本に近いもので、古いことに意味があるような類のものなので、これの保管は娘に許可されて、残すことにしました。(ホッ)

 夫と私は大学の同級で、学生結婚をしたので、本の類には共通の思い出がたくさんあります。娘の目からは、ただの古ぼけた意味のない本なのでしょうが、これらから私はたくさんの影響を受けました。

 子どもが小さいとき、子どもが寝てから夫も私も本を読んでいたのですが、途中でお茶を淹れに立った私がちゃぶ台の上にお茶を置いたとたん、ぎっくり腰で突然動けなくなったことがありました。ぎっくり腰は何度目かなので、じっとしているより仕方がないとわかっていたのですが、それにしても腰をかがめた状態で動けなくなって困りました。それで夫に頼んで、横になった私のちょうど目の前に本を置いて欲しい、と頼みましたら、「まだ読むの?」と、呆れたように笑って本を置いてくれました。

 彼が亡くなって9年、未だに苦しみは去りません。身を切るような思いで、彼の着ていた服を捨てるのですが、最愛の娘が結構ドライでクールなのが、救われます。母親がめそめそしているから、同じようであってはいけないと、むしろ頑張ってくれているのかもしれませんが。

 片づけをしながら、そろそろ次のステージなのかも、と思ったりしています。